5th phase-12

「いやー、さっきはごめんね、鬼道さん」

「いえ、私の方こそすみませんでした」

 申し訳なさそうに頭を掻いて謝る三鷹さんに、私も頭を下げる。

 警察署近くの自動販売機の横のベンチに座る私は今、三鷹さんの驕りのココアを片手に彼と話をしている。

 最初は適当に断りを入れて引き上げようとしたのだが、

「それでは僕の気がすみません! お詫びをさせてください!」

 と豪語する三鷹さんに押されてしまったため、今この状況が生じている。

 意外と生真面目なんだな、と少し感心する。

 まあ、頼りなさそうなのは変わらないが。

「でも三鷹さん、今日はどうしたんですか? ケガもしたって聞きましたけど?」

「ああ、ただ腕を擦りむいただけですよ」

「……いったい、何したんですか?」

「いや、木から降りられなくなった猫を助けようとしたら、落ちちゃってね。その時に……」

 気恥ずかしそうに言う三鷹さん。

 やっぱり、頼りない人だ。

 そういう雰囲気の人ではあるんだけれど、ここまでその通りとは。

「……なんとも、間抜けな理由ですね」

「あはは、はっきり言うなあ、君は」

 今度は気まずそうに頬を掻く。

 わかりやすい人ではある。

「よくそれで警察が務まりますね」

「それは違うぞ!」

 勢いよく立ち上がる三鷹さんは、拳を振り上げて熱弁し出した。

「警察は法の下の正義を執行する機関だ! 人柄だけで能力を判断されているわけではない!」

「……なにか、秀でた能力はあるんですか?」

「もちろんだ! 始末書や反省文を書かせたら、僕の右に出る者はいないぞ! 田代さんからのお墨付きだ!」

 自信満々に語っているが、自慢できることではない。

「なるほど、馬鹿なんですね」

「はっきり言わないで!?」

 指をさして突っ込みを入れる彼は、警官というよりコメディアンだ。

 そして、ふと気づく。

「……指、ケガしてますよ?」

「……え?」

 今気づいたらしい三鷹さんは、自分の指を見る。

 大袈裟に驚くほどではないにしろ、僅かながら血が滲んでいる。

「……これ使ってください」

 そう言って、絆創膏を渡す。

 ケガどころか生死と隣り合わせのことをやっている以上、この程度は常に準備している。

「あ、ありがとうございます!」

 感謝する彼は、指先の痛みなど気になっていないようだ。

 まあ、この人の場合、大きなケガをしても気づかなさそうではありそうだが。

「……そろそろ行きます。ココア、ありがとうございました」

 そう言って、帰ることにした。

 そろそろ事務所にも顔を出そう。

「あ、最後に教えてほしいんだけれど」

「?」

「君、正義って、何だと思う?」

 突然、そんなことを聞かれた。

「……」

 少しだけ、考える。

 考えたことないが、そうだな。

「……人それぞれ違う、信念、みたいなものじゃないですか?」

「……そうか。いや、変なこと聞いてごめんね」

 そう言って、三鷹さんは警察署に向かっていった。

 そういえば、いつだったか、あいつも正義がどうとか言っていたな。

「……」

 何だか、あいつの声が、聴きたくなった。

 次に学校に行ったときにでも、話そうか。

 あいつなら、私が何も言わなくても勝手に話してくれるだろう。

 そう思いながら、事務所へ向かって歩を進める。

 何だか、足取りが軽く感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る