Lost phase-7

 夜中の山中。

 外灯の僅かな道路の先に、その建物はあった。

 老朽化した外装の廃工場に、比較的新しく作られたらしいトタン屋根の掘立小屋のような事務所。

 一見すると、ただの廃墟だ。

 電気の煌々とついた、中身を除けば。

 中は化学プラントだった。

 何種類もの薬品が保管され、各種のラインを通じて配合される。

 気体として混合されたそれらは、最終的に毒ガスとして保管されるようになっている。

 それらを見守り、警護する者達の手にはAK-47が握られている。

 明らかに日本では違法のそれらを扱う彼らは、世間的にはこう呼ばれる。

 テロリスト。

 武力を有して自分達の主義を押し通そうとする者達だ。

「順調のようだな」

 そうつぶやいた壮年は、この組織『先駆け会』の中心である者だ。

 日本人にしては少し色黒の肌に迷彩服を纏ったその男の顔は、その人生が戦いだったかの如く深いしわが刻まれ、右の頬には縦に傷跡が残っている。

「阿高、現状は順調だ。このままうまくいけばいいがな」

「オ~、アタカ! モウスグダナ、オマエ達ノ目的達成モナ!」

 険しい顔の男、仁井谷にいたに阿高あたかに話しかけたのは二人の外国人だ。

 一人は黒髪のアメリカ系中国人の女性、ジェニファー・リューミン。通称ジェニー。

 もう一人は筋骨隆々の黒人、クリストフ・マッケンジー。

 二人は『先駆け会』のメンバーであり、アメリカの貿易会社『ジョゼフ・ミリタリー』の社員だ。

 もっぱら武器の貿易を行うこの会社と、『先駆け会』は取引している。

 だが、この二人はビジネス以上に、阿高に対して信頼感を持っていることもあってか、『先駆け会』に協力的なのだ。

「まあな。だが、気は抜けぬよ」

「? 何か思うところがあるのか?」

「ああ。どうやら、我々のことを嗅ぎまわっている狗がいるようだ。公安の人間とも違う。正体不明の奴らがな」

「……」

「オ―、気二スルコトナイヨ、アタカ! ソイツラ、オレガブッ殺スカラ!」

 力こぶをつくるクリストフ。

 かつてはボディービルの世界チャンプかつ、一時期はプロレス界にもいた彼は、『先駆け会』でも随一の怪力を誇る。

 腕力で彼にかなうものなど、世界でも数人いるかどうかだろう。

「頼りにているぞ、クリス」

「オ―、任セロ!」

 自信満々に答えるクリストフ。

 瞬間、電灯がふっと消える。

「……何か来たらしいな。総員、警戒態勢をとれ! 外にいる者にも通達して、非常電源を入れさせろ!」

 歴戦の経験から、異常事態に即座に指示を出す阿高。

 自身も愛銃のモーゼルをホルスターから取り出し、警戒する。

「……」

 全員が沈黙し、警戒する。

 物音一つにも過敏になるほどに、全員が意識を集中する。

「……はは、何もねえじゃんか。単なる」

 故障じゃねえか?

 集中力の切れた見張りの男は、その言葉を最後まで言い切ることができなかった。

 警戒が解けた彼の頭に、一発の弾丸が飛来する。

 そのまま彼の頭蓋ははじけ飛び、倒れ伏した。

「!? 敵襲だ! 標的は三時の方角! 数は不明だ! 応戦しろ!」

 反射的に命令する阿高。

 その声を合図に、警戒していた警備兵が外へと出ていく。

 銃の轟音が響き始め、戦闘が始まったようだ。

「脱出するぞ! クリスとジェニーはついてこい!」

「了解!」

 ジェニーはトカレフを構え、クリスはデザートイーグルを携えて阿高に追従する。

 その時だった。

「よう、どこへ行くんだ外道ども」

 その声が発せられたのは、脱出予定の裏口からだった。

 黒衣を纏ったその男は、僅かに見える風貌以外は一切が不明。

 そんな男に、阿高は心当たりがあった。

「……まさか、『黒拳』か?」

「俺のことを知ってるとは嬉しいぜ。あんたがボスだな?」

 風間はニヤリと笑うと、天地上下に構えた。

「そんじゃ、三名様を地獄にご招待、だな!」

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