Lost phase-4
「……」
「私の勝ちですね、鬼道さん」
結果は、ノアの圧勝だった。
鬼道の手元には札は一枚もなく、全てがノアの手中にあった。
「どうですか? 満足していただけましたか?」
「……凄いな」
鬼道から感嘆の声が漏れる。
「札を読み上げる音声が聞こえてから手を動かすまで、コンマ数秒。一流の動きだ。札の位置を記憶していたが、視線ほとんどは動いてない。せいぜい札を取った反動で位置が変わった札を確認する程度だ。プロでも念のための確認程度に視線が動く。だが、視線すら動いてない。確認すら必要としていない程の記憶能力だ。人間業じゃない。そして何より、疲れない。それなりの時間やっていたが、腕を動かすスピードが衰えない。人間ではありえないことだ。流石に、アンドロイドかガイノイド、って言ったところか」
「……」
鬼道の独り言に、ノアは驚愕していた。
鬼道はこの電脳戦、勝つことが目的どころか勝負するつもりさえなかったのだ。
札を取ろうとするどころか微動だにしていなかったのは、ただひたすら観察するためだ。
卓越した観察力と分析力。
これが、おそらく鬼道正義の最大の武器なのだろう。
「……今の一線で、そこまでわかるんですか?」
「ん? ああ。聞こえてたか。すまん、忘れてくれ」
照れ臭そうに頭をかく正義。
「ところで、なぜかるたで勝負を? チェスや将棋だってあったでしょう?」
「それは、昔に娘とこれで勝負したから、頭に残っててね。それでだよ」
「娘さん? ご結婚されてたんですか?」
「ああ。あの子も10歳になるけど、もうずっと顔も見せてないよ」
「……仲、悪いんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、今、あの子を養えるほどの金を稼がないといけなくてね」
曖昧に濁す正義。
彼の後ろめたい事情については、ノアのデータベースにも含まれていた。
彼は、裏の世界でも有名な、殺し屋の側面も持っていた。
冷酷非情で正確な仕事を遂行する彼は、『殺人機械』の異名で知られている。
そんな彼が、とても一人娘を育てられるとは考えられなかった。
「つまり、育児は奥さん任せなんですか?」
「……いや、そういうわけでもない」
突如、正義の顔は暗くなる。
「……奥さん、いらっしゃらないんですか?」
「……亡くなったよ。娘を産んで、少ししてな」
「!……すみません」
すぐに謝るノア。
「いや、気にしないでくれ。本当に人間臭いな、おまえ」
「……そう言われるのは、嫌いです」
「……悪かったよ」
室内に重たい空気が流れる。
その時だった。
正義の携帯に着信が入る。
連絡主は、同僚の風間重一郎だった。
「もしもし?」
『もしもし、じゃねえ! 今日は新人面接の日だろうが!』
「あ、今日だったっけ? ごめんごめん。えっと、河嶋瀬見ちゃん、だっけ?」
『そうだ。もうこっちに着いてるから、早く来てくれ!』
「わかった。すぐ行くよ」
そう言って、正義は通話を切った。
「新人、ですか?」
「ああ。ちょうどいい。おまえも来てくれ」
「? 私も、ですか?」
「ああ。どうせ暇だろ?」
腰を上げる正義は、ごそごそと自身のポケットを探す。
「えっと、煙草は……っと?」
「……健康に気を付けたらどうですか?」
「まあ、そう言うなよ。この施設、ほとんど禁煙で吸える場所少ないんだ」
「私の部屋を喫煙所にしないでください!」
嗚呼、もう! この人は何なんだ!
考えれば考えるほど、この男のことがわからなかったと、ノアは思うのだった。
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