第114話【洋介とバックダンサー】


 嘘だろ......。

 本当にどうしてこうなった。

 色々と急すぎて、もう俺は頭が現状についていっていない。


 でもとりあえずこれ、もう逃げられないぞ。

 気がつけば脱出は絶対不可能な状態に。


 「.......。」


 いつの間にかスタイリストさんに髪をセットされて衣装も着させられて......今日のバイト代も前払いで受け取らされてしまった。


 これじゃあもう本当に逃げようがない。

 八方ふさがり。

 

 「おい、洋介.......。よくもやってくれたな。後で覚えておけよ。」

 「へへっ、まぁそう怒らないでよ。ケントくん。俺達の仲じゃん。」


 「く.......」

 本当に騙された。


 今もジェニーズの大人気二人組ユニット『lucky.winds』は会場の舞台の上で溢れんばかりのファンの歓声の中、自身のヒット曲と共に踊り散らかしている。


 数多くのjrを後ろに......。


 「ケント君、次の次の曲で俺達の出番だからね。」

 「なぁ.....本当にお前、後で覚えておけおよ。欠員って言ってたけど、このローテーション制なら今舞台で踊っているjrから普通に俺の分を補充ができたじゃねぇか」


 「あ、確かに。ははっ、その発想はなかったなー。」

 「こ、この野郎......」


 潰す、後で確実にぶっ潰す.......。

 本当に何がしたい洋介。お前、そんなにバカな奴じゃねぇだろうが。


 ってか、今舞台で踊っているjr達に比べてこの衣装.....派手すぎないか?

 何で俺達の衣装は『赤』?しかもかなりホストっぽいし。普通に派手すぎるだろ。あげくの果てに前まで開けて。


 「でもケント君。腹筋すげぇな。俺ももっと鍛えよっかな。」


 そう。素っ裸に衣装を羽織る感じだから露出も激しい。

 何だよこれ。セクシーワイルド路線?


 てか、俺が踊らされる時のバックが6人って他に比べて少なすぎないか?

 そういう曲?

 とりあえずこれなら欠員がでて5人でもあまり変わりはなかったと思うんだけど.....。


 「........。」


 あと、何が簡単なダンスだよ。洋介の野郎。

 曲はかなりの大ヒット曲だったからリズムはすぐにつかめたけど。

 めちゃ糞難しかったぞ。激しすぎる。


 何とか一応は踊れるレベルになった気はするけど。

 とにかく一応レベル。自信があるかないかと言われればもちろんない。


 ほんと洋介の奴。どれだけ俺を騙せば気がすむ.....。


 それにしても客の数が多いな。す、数万人はいるんじゃないか?

 一番後ろらへんの席の人なんて、もうあの会場に設置された大きなモニターがないと何も見えないだろ......。


 こんな中で本当に俺は踊れるのか?


 「ケント君、もうすぐだよ。準備」


 って、いつの間にかもう。


 やばい。緊張してきた。マジで終わったらあとで洋介はボコる。

 昔馴染みとかは関係ねえ。


 「ほら、行くよ。出番だ。ケントくん。」


 く......ついに

 まぁバックだしな。一回きりのこと。気楽にやるか。


 にしても人が......



 _____「.........。」


 あれ、逆に人が多すぎて緊張しない。


 ただ、気を抜いたらすぐに他の5人のjrにおいていかれて悪目立ちしそうだから俺は本気でさっき覚えたダンスを踊っている最中。


 正直、余裕がなさすぎて緊張が吹き飛んでしまったのかもしれない。


 それにしても今俺はあの数万人の前であの『lucky.winds』のバックとして踊っているのか。


 非日常すぎて実感がない。

 ってか、俺これちゃんと踊れているのか?

 何か、何だかんだで色んな感覚がおかしくなってきた。


 まぁバックなんて皆見てないか。

 前の二人をこの数万人は見に来ているんだしな。


 とりあえず踊りきろう。


 って、いつの間にか客の歓声が何かすごいことになってないか?

 ついさっきまではここまでじゃなかったよな。気のせい? 

 いや、明らかにさっきに比べて騒がしい気が。

 キャーキャーともう悲鳴に近い声援が俺の耳には聞こえてくる。


 「........。」

 なんでだろ?


 ん?

 そうか今ちょうどサビの部分か

 彼ら至上最大の大ヒット曲のサビ。そういうことか。


 うん。それしかない。

 さすが『lucky.winds』。


 彼らの人気で本格的に人が倒れそうだ。

 でもいくらなんでもちょっと叫びすぎだろ......お客さん達。

 大丈夫か?


 とりあえず後少し、何とか踊りきれそう。

 って、今思えば何で俺こんな大ヒット曲のバックで踊ってんだ。バックとはいえ全くの素人には荷が重すぎるだろ。これ。


 「.........。」


 うん。

 何かさっきの変な年配のおじさんが、踊り終わった後にちょっとだけ控室で待っていてみたいなことを言っていたけど、もうやばいくらい疲れたし衣装だけ返してすぐに帰ろう。

 お金もすでにもらったしな。用はないし意味がわからない。


 それにしてもほんとすごい歓声だな。


 もうすごいとしか言いようがない。

 大人気ユニット『lucky.winds』。


 洋介もかなりのイケメンだし、もしかしたら将来的にこんな感じになるのかな。

 姉もなんてたってあのトップアイドルだしな。


 すげぇな。こいつも。


 「........。」


 まぁ、こいつにはとりあえず俺からのきついお仕置きが待っているがな.......。


 って、終わった。無事に俺は最後の決めポーズ。


 よし、もううまくできていたかどうかはどうでもいい。

 とりあえず踊りきった。


 超必死にな.......。本当に疲れた。

 もう二度としないし、二度と騙されない。


 よし!帰ろう。すぐに。


 



 _____そして俺こと間宮健人は音速で会場を後にするのであった。


 でも本当にどうしてやろうか洋介.......。

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