1943/11/YY(4)
私こと八刀が、レオン(カイの偽名である)と一緒に街を歩いて、すでに数時間が経っていた。
その間、九重への贈り物を選ぶべく私たちはとにかくいろんな場所を回った。
最近カメラを気に入っているということだったから、写真用品店を覗いてみたり。
あるいはあの子が好きそうな恋愛小説でもないかと書店を物色してみたり。
それ以外にもレオンの勧めでぬいぐるみだとかアクセサリー、さらには「仮面の調律官が好きならいっそ仮面でもプレゼントしてみたら」という無茶苦茶な論法で仮面を売っている露店(なんでこんな店があるのか)を見てみたりもした。
だがどれをとっても「これだ」と思うようなものは見当たらず――結局私たちはいったん、帝都中央にある大きな公園で休憩していた。
「お待ちどう」
近くの露店でホットドッグを買ってきたレオンが、ベンチに座っていた私に手渡してくれる。
礼を言いつつ受け取って、その温度で少しばかり手を温めながら私は深いため息をついた。
「……ごめんなさい、レオンさん」
「おっと、何だよいきなりしおらしいな。腹でも痛いのか」
「肝心なところでデリカシーがないのね、貴方」
「やめろよそれシャルにも言われてマジで傷ついたんだからな……」
だからシャルって誰よ、と思いつつ、私はぼんやりと公園を見回す。
緑豊かな自然公園。休日なのもあって、家族連れがボール遊びをしている様子なども見て取れる。
無邪気に、自分が生きていることを全肯定されていることを信じて疑わずに、親と手を繋いでいる子供。
そんな彼らの様子を眺めながら、私はぽつりと呟いた。
「……誕生日なんて、なんで姉さんたちは【箱庭】に持ち込んだのかしら」
「なんだよ、いきなり前提を混ぜっ返すようなことを」
呆れ混じりに言うレオンに、私はうつむきながら続ける。
「だって――私たちは、【聖女】よ。ただ人を殺す兵器として造られた化け物で。その挙げ句に『いらないもの』と判断されて、処分されかけたんだから」
話しているとあの脱走劇の記憶が思い出されて、胸の奥がざわつく。
「……先生や守衛官の人たちみたいに私たちを助けてくれた人もいるけど、きっとこの世界の大部分の人はそうじゃない。私たちが生まれたことを――疎ましく思ってこそすれ、祝ってくれる人なんていない。きっと戦場で戦っていた姉さんたちは、あの時から思っていたはず。それなのに……」
――【聖女】の存在が公表されてからしばらくが経ち。先生の記録のおかげで同情的な世論も多いとはいえ、やはり私たちを「人殺しの化け物」とそしる声はいまだに根強い。
先生が残した記録や帝政圏上層部による情報統制がなければ、もっとそういった声は大きく、苛烈なものになっていたはずだ。
「……人殺しのために造られた化け物に、誕生日を祝う資格なんて、あるのかしら」
思わず出てしまったその言葉は、そのまま自分自身に棘のように突き刺さって。
胸の奥がずんと重くなるような嫌な感触に苛まれていると――隣で黙っていたレオンが、ぼそりと口を開いた。
「それじゃあ君は、他の子たちのことを……九重ちゃんのことを、祝ってやりたくはないのかい? 生まれてきてよかったって――そうは思わないと」
「それは、そんなわけないじゃない!」
思わず声を荒らげた私に、彼はにいっと笑い返す。
「ならいいじゃねえか。面倒くさいこと考えなくてもさ。君の姉さんたちだってきっと、そんなに深いこと考えて始めたわけじゃないと思うぜ」
「……でも」
反論はできないけど、どうにも納得もしきれない。そんな私の顔を見て、レオンはベンチの背もたれに深く背を預けて空を仰ぎながらこう続けた。
「多分さ、君の姉さんたちも……君みたいに悩んだんじゃないか。だからこそ、妹たちもきっと同じように悩むかもしれないって思ったから、ちゃんと祝ってやろうって思ったんだ。……
最後の方は、私に言うというよりは一人ごちるように呟いて。
そう告げた彼の言葉を――私はなんとなく、「そうかもしれない」と妙に素直な気持ちで受け入れていた。
「さ、面倒なこと考えてるとせっかくのホットドッグが冷めちまうぜ。これ、一応このあたりの名物なんだから」
何事もなかったかのようにそう言うレオンに、私は何かを言おうとして。
「……ありがとう」
結局それが一番だと思って、それだけ呟くともらったホットドッグを口に運ぶ。
少し冷めてしまっていたけど――彼の言う通り、とても美味しかった。
――。
そうして私が食べ終えたのを見計らって、彼は「さて」と口を開く。
「それじゃあ腹も膨れたところで、また君の愛しのお姫様のためのプレゼントを探し回るとしようか」
「愛しのって、あのね」
少し顔を赤くしながら私がそう返すと、その時レオンが「お」となにかを見つけて指差した。
「なんかやってんな。ありゃなんだろう」
目線の方を追って、私は目をぱちくりさせる。
そこにいたのは……到底人とは呼び難い、やたらと等身が低いくせに背丈だけは大の大人くらいある奇妙な毛玉だったからだ。(後記:こういうのを「きぐるみ」と言うらしい)
その毛玉は風船を持っていて、隣では集まってきた子供に対して何やら若い女性がチラシを配っている。
「何かの宣伝みたいだな。ちょっと見てみるか」
「あ、ちょっと」
行ってしまったレオンについて、その怪しげな一団へと近づいていくと――その妙に愛嬌を感じなくもない外観の毛玉は私に向かっていきなり、手に持っていた緑色の風船を手渡してきた。
「え、あ、どうも……」
「帝立プラネタリウム劇場、近日オープンです。彼氏さんとぜひご一緒にどうぞ♪」
「なッ!?」
違うと言いたかったが、ここで言ってもしょうがない。
非常に遺憾な心持ちのまま輪を離れると、私はレオンとともにそのチラシに目を落とす。
――プラネタリウム。そういうものがあるということは知っていたが、実際に行ったことは当然なかった。
「へぇ、すごいな。偽装天球システムで星空だけでなくオーロラなんかも再現できる――だってさ」
「オーロラ……」
チラシを読み上げたレオンの言葉で、私はふと、いつぞや九重と交わした会話を思い出す。
そういえば――あの子は。
「……ねえ、レオンさん。プレゼント、決まったかも」
「へ? ……うお、ちょっと待てって――」
思い立つがまま、私はすぐさま動き出そうとして。
そういえば風船を握らされていたのを思い出し……少し迷った後、そのまま紐を握りしめて歩き始めることにした。
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