第94話 哀愁と戦火

 横たわるダグラスと、その傍らに佇むオズマ。


「クソボウズにやられちまったな……」


「いつまでも子供扱いすんなよ……俺もうおっさんだぜ?」


「親から見たら、子供はいつまでも子供なんだよ」


 素人の俺から見てもわかる、ダグラスは致命傷と言ってもおかしくない。念のためティアと俺が回復魔術をかけてはいるが、持ち直せるかどうか怪しい。


「タクマ、特別扱いするなって言ったろ?」


「救える命は救うとも言った気がするが? ほら、別れの言葉みたいなの言ってないでお前も手伝え」


 オズマが最後に決めた右ストレートはダグラスの左脇腹を深く抉っており、そこから止めどなく血が流れている。


「ライラはドワーフ達に頼んで綺麗な布をありったけ集めてくれ、雪奈は他の患部を頼む」


「はい」「わかりました」


 各々行動を起こす、オズマも俺の指示通りに今ある布で止血を始めている。


 手当てをしていると、ドワーフが近付いてきた。


「人間、何故ソイツを助ける? 先程戦っていたではないか」


「この手の奴は志を高く持つタイプだから、治療した相手を攻撃したりしない」


「信念をかけた戦いだったわけか……わかった。治療に手を貸そう、向こうの部屋にシリンダーがある。そこへこやつを入れろ」


「ああ、助かる」


 隣の部屋にダグラスを運搬して言われた通りにシリンダーの中に入れた。ドワーフは機械らしきものを巧みに操作してシリンダーへ何かの液体を投入していく。


「これはどういう治療なんだ?」


「エクスポーションの原液を希釈して身体の表面から治癒する魔道具じゃ。お前らの貧弱な治癒魔術より数百倍早く回復するはずじゃ」


「これで救えるのか?」


「これでも難しいわい……」


 1つだけ方法がある。これを使ってもあれだけの重症から復帰できるとは思えないが、このシリンダーがあるなら話しは別だ。


「みんな、離れてくれ」


「おいタクマ、何をする気だ?」


「慎重過ぎる俺は切り札をもて余す。ゲームで言うところの最後まで使われない"エリクサー"みたいなもんだ」


 現地人のオズマには意味がわからないが、雪奈には意味がわかったようだ。


「"紋章術"ですね! でも兄さんが使えるのは攻撃の剣、守りの盾、速さの翼……これだけですよね?」


「ああ、その通りだ。だけどな、紋章術は自由度が高いんだ。俺の"治癒の印"を起点に回復に超特化した紋章を今から即興で作る」


「タクマ……すまねえな……」


「気にすんなって。──じゃあ、始めるぞ」


 俺はシリンダーへ両手を掲げて闘気を放出する……まずは線画からだ。イメージは神聖なる教会、そこに溢れる癒しの光。


 それらを形作るのに相応しい何か……それは福音を報せる鐘だ。闘気で鐘を描き、光属性の魔術を魔功で分解して絵の具にする。


 そして出来上がった"鐘の紋章"を自身に取り込み"身体強化『治癒』"を発現させる。特殊身体強化発現中は該当自作スキルが超強化される。


 強化対象は"自作スキル・ヒーリングリリィ"──上位互換化、完了。


「いくぞ──自作奥義"大天使の抱擁レフェクティオ・アンゲルス"!!」


 シリンダー内にいるダグラスの背後に天使が現れた。ダグラスを背後から優しく抱き締めて翼が2人を完全に覆った。

 そして目が眩むような眩しさと共に天使は光の粒子となって消えた。


「手応えはある、バイタルを調べてくれないか?」


 俺の言葉にドワーフは我に返って装置の元へ向かった。


「こ、これは! 安定しておる! これならこの魔道具だけで持ち直せるワイ!」


「そうか、なら良かった……」


 ドサッ!


 俺は後ろに倒れる、初めて使うスキルな上に時間を掛けすぎたから魔力が完全に無くなったのだろう。


 意識がと……お……のいて……い……く……。


 ☆☆☆


『裏切った? いや、そうではない。元々そう言うことだったのだよ。それに……君はもう用無しだ、良かったじゃないか。これで平穏に暮らせるぞ?』


『……くっ! 許さない、許さないぃぃぃぃぃぃ!! ヴォォォォォォォォッ!!』


 それはとても苦しく、胸を締め付けられるような感情だった。もっと早く気付いていれば回避出来たかもしれない出来事……チャンスはとうの昔に失われており、その罰として"今ここにいる"。

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