第81話 拓真 vs ミハイル=グレシャム (不完全燃焼)

 この世界で刀を使う人間は非常に少ない。南方、中央、西方、それら主要大国を巡った俺だが、刀使いを見たのは10人いるかいないかだ。


 なぜなら、刀の適性を持つには勇者の血を引いていることが条件だからだ。


 俺の目の前で刀を抜いているナーシャの父親、ミハイル=グレシャムはきっと先祖の誰かが勇者の血を有していたのだろう。


 ミハイルは刀を正眼で構えて俺を真っ直ぐ見据えている。基本の型であるが故に最も隙がなく、最も凡庸だ。


「タクマと言ったか、来なければここから出ることはできないぞ?」


 安い挑発……だが言ってることは事実だ。きっとミハイルは"せん"が得意なタイプなのだろう。

 雰囲気というか、放たれる武威から今までのように"領域"で勝てる相手には思えない。


 ────仕掛けてみるか。


 "自作スキル・エリアルステップ"


 普通の人なら気付かないレベルの微風が吹き、縮地の速度で斬りかかる。


 カンッ!


「──チッ!」


 ミハイルを通り過ぎた俺は視界から外さないように体を捻って着地する。


 今のでわかった。普通に見れば単純に弾かれただけに見える今の攻防。ミハイルは俺の軌道を正確に読みきり、刀を僅かに傾けて通り道に"置いただけ"つまり、パワーで押し切れる相手ではないということだ。


 領域を伸ばすために、話しで時間を稼いでみる。


「アンタは強さじゃなくて"巧さ"で戦うタイプ、俺はそう感じた」


「……ほぅ? 私と対峙した相手は大抵は理由を探ろうともせず、逆上して斬りかかってくる。一太刀で理解できた人間は、君以外だとギルドマスターくらいだな」


「じゃあ勉強までに色々試させてもらうよ」


 まずは無詠唱で炎、水、風、そして土の魔術を放ってみた。


 ──炎弾がミハイルに迫る。


 ミハイルは右腕を伸ばして炎の中心を刀で軽く突いた。すると、炎が粉のように消えてしまった。


 ──今度は水刃が迫る。


 今度も水刃を軽く突いて粉のように消え去った。


 ──暴風がミハイルを襲う。


 ミハイルは少し笑って刀を軽く薙いだ。暴風という現象が止んでしまう。


 ──最後に石槍が飛来する。


 ミハイルは最初と同じく突き消そうとしたが、何かに気付いて大きく避けた。


「驚いたな、君は──二重詠唱ダブルキャストの使い手なのか?」


 なるほど、そう勘違いされたか。


「アンタにはそう見えたようだが、答えはNOだ。アンタは魔術の脆い所を"視て"そこを突いてるように見えたからな、最後の石槍に少しだけ手を加えたんだ」


 そう、最後の石槍は発動と同時に風属性を付与して超加速させてやった。ミハイルは魔術の脆い所を突いたり斬ったりしている……それは非常に緻密な達人の領域だ。


 じゃあ発動された魔術にスキルを合わせたらどうなるか、それを最後に確かめた。思惑通り、ミハイルは脆い部分を視ることができず、大きく避けることになった。


 だがこれでは決定打に欠ける、当たらなければ意味がないのだ。


 俺が次の手を考えていると、背後に違和感を感じた。


「──守るだけではないよ」


「──ッ!?」


 突然耳元で聞こえた声に驚いてDeM IIデムツーを咄嗟に振る。


 ガンッ!


「ふむ、スキルや魔術に頼ってばかりの若造だと思ったが、中々修羅場を潜ってるようだな」


 目を離したつもりはないのに、気付いたら背後にいた。もし声をかけられなかったら負けていただろう。


「……抜き足ってやつか?」


「ほほぅ、君もラノベを嗜む口かね?」


「そこそこな、しかもうちの妹がすでに再現したスキルだ」


「そちらの黒髪のお嬢さんが……なるほど」


 これは教訓だ、さっきまで"俺Tueee"し過ぎて相手を格下だと思い込んでいた。常に相手が自身を上回ってることを想定しなければいけない。


 すでに拡散した闘気に意識を集中させる。ミハイルが動く度に空気中の闘気に揺らぎが生じるのがわかる。そしてその揺らぎが急に大きくなったため、俺は確信する。


 ──来たッ!


 DeM IIデムツーを俺から見て右に大きく振りかぶる。ついでに自作スキルも加えておく。


 "自作スキル・反撃剣リベンジソード"


 ガンッ!──ドゴォン!!


「──ガフッ! ……ケホッ!ケホッ!」


 ミハイルはゆらゆらと煙から出てきた。壁に激突しなかったのは流石と言える。


 反撃剣リベンジソード状態の剣に物理攻撃が加わると、敵方向に指向性を有した爆風が発生する。

 ミハイルは抜き足で不意を突いたつもりが、逆に俺のカウンターを受けてかなりダメージを受けてしまった。


「剣士の縮地を使ったと思えば、二重詠唱ダブルキャスト紛いの魔術を使い、挙げ句は剣士殺しのカウンターまで有してる──君は一体何のジョブかね?」


「印術師、だけど?」


 それを聞いたミハイルは大きく溜め息を吐いて納刀し、そして語り始めた。


「少し前、西に"至る者"が現れたと報告を受けた。それは模擬戦とはいえロルフ殿を打ち破り、観衆から"紋章術師エンブレムマスター"の二つ名を授かったと聞く。しかも、その者のジョブは印術師……君のことだろ?」


「え? いや、まぁ……うん」


 俺は曖昧に返事した。なぜなら、二つ名を貰うと言うのは恥ずかしいと思っていたので、未だに自信満々に名乗れないのだ。


 だが、ミハイルは突如として武威を消し、そして両手を上げて降参した。


「降参だ、紋章術を使ってもない手加減された状況で五分五分なら、勝ち目はないよ」


「加減してるわけじゃないけどな。だが良いのか? この家に誇りがあったように感じたが……」


「ああ、構わんよ。親族もナーシャだけだし、そもそも落ち目だったし、それに家の誇りよりも娘のやりたいことの方が重要だと気付かされたしな。それと敗者がいうのもあれだが、頼みがある」


「頼み?」


「もしも私が死んだ時はエードルンド家に話しをつけてくれないか?」


 "もしも"か……まるで死亡フラグだな。俺はそんなもの背負いたくないね。


「そんなもしもなんて言うなよ。気合いで生きてみろよ……なんなら恥かいてでも逃げ回れよ。生きてくれてた方がナーシャも嬉しいって、なぁ?」


「はい、お父様にはまだまだ稽古つけて欲しいですし、もっともっと長生きして欲しいんです」


「……ナーシャ……うぅ……」


 ミハイルが涙を流し始める。ナーシャはミハイルの肩を抱いて共に泣いている。


「兄さん、行きましょうか」


「そうだな」


「どうせ寄るところができたのでしょう?」


「さすが雪奈だ、よくわかってるじゃないか」


「兄さんこそ、何だかんだで言うとおりにするんじゃないですか。さすおにです!」


 俺と雪奈はナーシャとミハイルを親子水入らずにするために屋敷を出た。

 そしてすぐに手紙を書いてマルグレットさんに送った。グレシャム家を吸収するか立て直しに協力するかはマルグレットさん次第だが、少なくともナーシャの帰る場所くらいは用意できたと思っている。

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