第74話 拓真&雪奈vsヘイムダル

 オズマ達が戦闘を開始したとき、こちらはヘイムダルと対峙し、どちらが動くか目に見えない戦いを繰り広げていた。


 対面のヘイムダルは浅黒い肌、銀髪に尖った耳、まさにダークエルフと言った感じだ。


 違うところは彼が長老の地位にあり、武装が他のダークエルフと違って特級品であることだ。それ以外にも纏った武威の凄まじさ、歴戦の戦いを潜り抜けた彼の眼光も同様のものだった。


 右手には黄金の長剣、パッと見はエクスカリバーにしか見えないがほのかに陽炎が見えることから火属性に由来する剣だと思う。


 他のダークエルフはサブウェポンに弓を選んでいるようだが、ヘイムダルは白い飾り気の無い杖を手にしていた。



 こうしてても埒が明かない、俺は予定通り片手を前にかざす。こちらに攻撃の予兆が無いことに対して数秒考えたあと、ヘイムダルは突進してきた。


 くそっ、思いっきりが良すぎる!もう少し考えてくれればいいのに!


 洗練された縦一閃、俺は横にズレて避け、次にヘイムダルは無駄の無い動きで胴を薙ぐ斬り払いに繋げてきた。なんとか反応してバックステップで避けるが、返す刃で先ほどより踏み込んで斬り払いへと繋げてくる。


 3回目は回避できない……が、ヘイムダルの凶刃は雪奈の介入によって阻まれた。すかさず俺はバックステップで3mほど距離を開けて再度片腕をかざす。


 近接特化の相手は身体強化を常時使っていても、うまさで俺が下回るから同じ土俵に立つわけにはいかない。故にそこは雪奈の領分である。


 ヘイムダルはこちらを気にしつつ雪奈と剣を打ち合う。そして鍔迫り合いになったとき、ヘイムダルは驚いた。


「我が"煉獄剣・デュランダル"が凍り始めた、だと!?ええい、邪魔だ!"降り頻る炎の矢イグニス・レーゲンっ!!」


「っ!?」


 ほとんどノーモーションで放たれた炎の散弾を最小限のダメージで雪奈は受けきった。


「イテテ、少しもらいましたね。ですが、隙だらけですよ!」


 雪奈はその場で連続スキル、園田流抜刀術・雪月花をヘイムダルに放つ。


 初撃目、氷属性の神速の抜刀"せつ"は白木の杖で防がれる。ヘイムダルはザザっと押し出され、そのまま弐撃目、月属性の斬り上げ"げつ"をデュランダルで防ぐ。


 ガンッ!と言う音と共にヘイムダルの右手は大きく後ろへ仰け反る。普通なら剣を弾かれていてもおかしくない威力、にもかかわらずヘイムダルは剣を握ったままだ。それは彼が剣士である所作だった。


 そして最後の参撃目、時計の数字と同じ全12点同時斬撃を花弁のように撃ち放つスキルがヘイムダルを襲う。


「むぅっ!?"フォース・フィールド"!」


 ヘイムダルはデュランダルを地面に突き立てて赤い半透明な魔力で出来た膜を展開。


 パリンッ!


 同時斬撃がフォース・フィールドに触れ、割れた音と共に土煙が巻き上がり、雪奈は俺のところに後退、ヘイムダルは逆方向に下がった。


 ヘイムダルの胴体には✕印が刻まれており、赤い血垂れている。俺は雪奈の側まで近付き状態を確認する。


「雪奈、大丈夫か?」


「……はぁはぁ、直前にあの散弾のような精霊術……を、浴びせられて……へへ、少しだけ痛い……ですね」


 脇腹から血を流す雪奈に"自作スキル・ヒーリングリリィ"を施す。失った血は戻らないが、表面だけは治すことが出来た。あとでティアに本格的に治してもらう必要がありそうだ。


 俺は先程から闘気をひたすら放出していた。実戦で初めて使うやり方だからかなり時間がかかっていた。慣れればもっと早いだろうが、雪奈が稼いでくれた今の時間でようやく9割。


 次も1人で戦わせたら恐らく致命傷を受けてしまう。だから新技に割く闘気の量を半分に下げて次の1合は俺も加わるつもりだ。


「ごめん、もう参加する」


「兄さん?ですがっ──」


「ごめん、俺の──わがままだから」


 雪奈は俺の肩に頭を乗せて「はい」とだけ答えてくれた。


「話し合いは終わったようだな。しかし、そこな娘には驚かされた。我輩に傷を入れる女など、一族にもおらんわ!」


 白木の杖を後方に放り投げたヘイムダルはデュランダルを眼前で掲げた。


「我輩が勝てばエルフどもを放逐してビフレストの門を魔族と共有するつもりだったが、セツナと言ったか?お前だけはこの里に残す!嫁としてなっ!」


 隣にいる雪奈の長い黒髪が、少しだけ浮き上がったような感じがした。


「私があなたを好くとでも?それに、あなたの言ってることは妄言です。何故なら、絶対にあなたは勝てないからです」


 ヘイムダルは目を見開き、そして大きく笑った。


「ハーハッハッハッハッハッハッ!それでこそ屈服させ概があるというものだ!よし、次は我輩の最高でもてなしてやろうぞ!」


 赤いオーラがデュランダルに纏わり付き、渦巻いている。これを凌ぎきっても、疲弊した俺達は次の一手で畳み掛けられる。


 そう──次があれば、な。


「兄さん」


 不意に左手が柔らかなものに包まれる。それは雪奈の右手だった。言葉を交わさなくてもわかる……運命を共に、心を1つにして乗り切る。


 惜しむように手を離し、雪奈を見ると「ふふ」っと微笑んでくれた。前へと視線を戻すと地面から巨大な炎の柱が現れて、それがデュランダルの周囲を渦巻いているのが見えた。


 数瞬の後、それはまとまり、巨大な龍の形となり、絶対的な驚異として空気を振動させていた。


「さあ、いくぞ!我が秘奥義ミスティックアーツ、受けてみろ!"炎龍火葬アインエッシェルング・ドラッヘ"ッ!!」


 ヘイムダルの叫び声と共に、それが龍のあぎととなってこちらに向かってきた。


「俺は仲間を守る。最高のタンクで在りたい」


 印術師、在りたいと思う在り方を印と言う形で世界に呈示するジョブ、だから俺はそれを拡大化させて紋章と言う形で世界に見せつける!


 土属性魔術を"魔功"で溶かして絵の具にする。選んだ理由は守りに最も適したのは土属性だと思ったからだ。そして闘気で線画を描いて魔功で色付けし、出来上がった"盾の紋章"を世界に呈示して自身を上書きリライトする。


 "身体強化(堅)"


 防御力が爆発的に増加した状態。そしてその状態でのみ使える技。


「"自作奥義・愛する人を守る盾ラストバスティオン"」


 現れたのは白銀の巨大な盾、元の世界で負け続けた男の最後の意地、DeM II俺の愛剣より先へ攻撃は通さない、それを体現した盾。


 それが今、炎の龍とぶつかり合う。「雪奈、防ぎきった後のことは頼んだ」轟音の中聞こえるはずもない拓真の声だったが、背後で頷いた気配が確かにしたのだった。






 火花が散り、盾に当たっては消えていく炎の龍。そして、全く微動だにしない巨大な白銀の盾にヘイムダルは焦り始めた。


 葉虫と侮り、そんな葉虫の提案が被害を最も少なくできるものだったから乗っただけ。なのにこの体たらくはなんだ。そしてこのモヤモヤはなんだ!?


 このままではイタズラに魔力を消費するだけ、早々に止めて接近戦に持ち込めば楽に勝てる。


 ヘイムダルは精霊術を止めてデュランダルによる接近戦をするべく疾走した。拓真は膝を付き、立つこともできない。一方、雪奈は兄の前にでて目を瞑り、腰を落としている。


 ヘイムダルは勝ちを確信するが、そこで異変に気付いた。走る速度が落ち、力が入らない。


 なぜだ?──精霊術もだと!?


 一瞬、雪奈を視界から外したのが運の尽きだった。気付けば雪が降り始め、


 そして雪奈の唇が静かに動いた。


「"秘奥義ミスティックアーツ款冬かんとう"」


 3方向から柱のような衝撃波が発生し、中央にいたヘイムダルは氷の塊となっていた。そして雪奈が指をパチンッ!と鳴らすと氷が微塵斬りとなり、ヘイムダルは血煙を上げて倒れた。





 ザッザッザッと雪を踏む音が聞こえる。視線だけで確認すると拓真、雪奈、ティアが立っており、ティアが急いでヘイムダルの治療を始めた。


「ケホッ!……完敗だ、葉虫、いや勇者。最後、精霊術が使えなくなったのはお前の仕業だな?」


 ヘイムダルは肺が損傷しているのかヒューヒューとした呼吸だった。


「初実戦だから時間かかったけどな、そんなところだ。アンタらの精霊術は"本人認証制"の術なんだろ?」


 魔術師と違って自己で完結できないのが精霊術師だ。術の行使をワークシェアリングしているからこそ早く、強力な術が使える。反面、術者と精霊との間に割って入れば瞬く間に瓦解してしまうのだ。


「確かに、精霊が我等を認めて対価に魔力を渡すことで発動する。つまり、その間にそなたが割り込んだ、と言うことか?だが、ただの妨害魔術で阻害できるほど甘い術式ではないぞ?」


「俺は闘気……言うならば寿命の残りカスをこの世にとどめて武器や防具、スキルに活用してる。えーっと説明省くけど俺には神の化身が付いてる。そいつの話しによれば、本人から流れ出た寿命は1つ上の位相の存在だから、単純に魔術や精霊術よりも上に位置するらしい」


「なるほど、不老は生命の克服すべき命題、未だに誰も不老に至らない理由はそれか。途中の盾も、見事だったなあれを防がれてから我輩は焦り始めたな」


「結局のところ、アンタを闘気で包み、精霊がアンタを"俺と認識"して使えなくなったってだけだよ」


 彼はそれを聞いて力無く笑い、少しだけ休むことにした。




 数分後、ヘイムダルはある程度傷が治ったのか、起き上がり、そして片膝座りになる。


「ククク、サテュロス殿もやられたようだ。──さて、我等にそなたは何を望む?ここからの放逐か?それともこの場で全員処刑か?」


「ああ、そんな事は望んじゃいないさ。どちらかと言うと、オラフさんに頼みがある」


 声が聞こえたのかオラフが歩いてきた。


「皆まで言わなくていい、君と言う人間がどういう存在か、先の戦いで十分じゅうぶんに伝わったよ。あの盾は、それを体現していた。ではサテュロス殿、ヘイムダル殿、これからよろしく頼む」


 2人は驚き、そして少しだけ笑いオラフの手を取る。これが俺の望んだ未来、敗北することで意義と動機付けを行い、3勢力を和解に持ち込む。


 オラフさんが察してくれたのには驚いたが、上手くいって良かった。


「ほら、タクマ君もこちらへ」


「え?俺も!?」


「何を言ってる?タクマ君もこの世界を救う仲間じゃないか」


「え?でもビフレストの門に全員で逃げるんじゃ?」


「ビフレストの門は人間も含めた全種族のシェルターとして使うよ。万が一のために、ね。それと、魔族とダークエルフには共同で精霊の森を開拓してそこに住んでもらう。──これからよろしく頼むよ」


 俺はオラフが差し出した手を取る。


「こちらこそ、よろしくな!」


 ダークエルフ、エルフ、魔族と人間による同盟ができた瞬間だった。

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