第57話 月の石

 見つからないうちに実験室を出て所長室に向かうことにした拓真達。


 別に不法侵入をしているわけではないので、堂々とした足取りだ。ティアは一応"囚われの身"と言う設定なので顔を伏せ、拓真とシリウスはすれ違う研究員に会釈をする。


 そんな感じにあっさり所長室に辿り着き、ドアをシリウスがノックした。


 コンコン


「入って良いぞ」


 声からして偉そうだ。下手な仮面を被るタイプではないのだろう。


 入室して思ったのは、"簡素な部屋"と言うイメージだ。一面、白ばかりの部屋。研究者と言うのだから部屋には紙やら本やらが散らばってる印象だったが、部屋の中央にテーブルと椅子、そしてくだんの奴がいるだけだった。


 ルギス……ルークと顔立ちがよく似ている。青い瞳に短めの金髪、ハーフレスメガネに白衣。


 ハッキリ言って───イケメンだ。


「随分遅かったな。徒歩5分の距離をどう歩いたら20分もかかるか教えて欲しい」


 ここに来る前にあなたが研究してた魔物を殺してきました、とか言うわけにはいかず、例によってシリウスに応対してもらうことにした。


「久しぶりに戻ってきたので私の部屋が残ってるか、確認ついでに護衛の彼に研究施設を案内していました」


 シリウスに言われてルギスは拓真を値踏みするかのような視線を向ける。


「護衛の拓真です」


 場が持たないので簡単に名乗ってみるが、ルギスは聞いていない感じだった。視線は拓真の顔ではなく主に体へ向けられている。

 さすがの拓真もホモを疑い始めた矢先、ルギスが口を開いた。


「そのコート……市販品ではないな?かといってダンジョンドロップでもない……」


「そ、そうなん、ですか」


広範囲索敵装置エネミーディテクターは知ってるか?」


「はい、尖兵の魔石を利用した魔道具と言うくらいは」


「そうだ。衰退するこの世界では珍しい近代兵器だ。タクマと言ったか、君のそのコートはそれ以上の技術を用いられている……それをどこで手に入れた?」


「ええっと、東のオルディニス……です」


 拓真はあえて嘘をついた。南のメルセナリオと言えば下手をすれば宿屋のマスターやあれに関わった人間が特定されかねないからだ。


「ふむ、確かに機工都市ならば可能かもしれんな」


 話しが進まないのでシリウスが口を挟む。


「あの……ルギス所長、そろそろ」


「ああ、忘れてた。蒼い瞳の神子は前例がない、シリウス、よく連れてきてくれた。お前を歓迎する」


「それで……神子はどうされるのですか?」


「そうだな、特別に見せてやろう」


 カツカツと音をたてながら机の後ろにある白い壁に手を当てるルギス。


 すると、地震のような音を立てながら壁が左右に動いて巨大な通路が出来上がった。


 直線通路を抜けた先に広がっていたのは巨大なホールのような部屋だった。先ほどの部屋と違って機械で部屋が埋め尽くされており、一際目を引いたのは中央にある試験管だった。


 試験管の中にはどす黒いオーラを放つ黒い石が浮かんでいた。

 それを見たティアはガクガクと震えてペタンと座り込んだ。恐らく、石から何かしらの思念を感じ取っているのだろう。


「いや……イヤイヤイヤイヤッ!この人、おかしいよ!なんで、こんなこと……」


「ふむ、やはりわかるか。これは"月の石ムーンドロップ"と言うんだ。作り方は簡単だ、機械の中に神子を入れて極大圧縮するだけ。神性を帯びた究極の魔石の出来上がりさ」


 拓真はティアを支えつつ剣に手を掛ける。


 もうそこまで聞いたら演技なんて必要ない、もしかしたら保護してるのかもとかそんな甘い考えを抱いた俺がバカだった!今、奴は自分の創作物を眺めてうっとりしている。そのまま彼女達の前で溺死しろ!


 拓真はシリウスと頷きあって攻撃のタイミングを合わせる。


 研究者だから近接系のジョブではないのは確かだろう。ならば、"エリアルステップ"で懐に入れば俺の勝ちだ!


 拓真はティアをシリウスに預けて加速した。ルギスは試験管に頬擦りを始めて隙だらけ。通常の魔術師なら、防御魔術の構成すら間に合わないデッドゾーンに到達した拓真。


 上段からの斬り下ろしが頭部に振り下ろされようとした時、剣は止まった。


 ガンッ!バチバチッ!


 いや、見えない壁に剣が当たっている。そう認識した拓真はすぐに距離を取る。


「全く、舐められたもんだね。魔術師だから懐に入れば勝てるとか思ったのか?僕は元ギルドマスター候補なんだぞ?そんな道理が通用するわけないだろ!」


 ルギスは手を前にかざして攻撃態勢に入った。


 すると、キィィィィィンと言う耳鳴りのような音が聞こえて拓真、ティア、シリウスの三人はふらつき始めた。


「教えてやろう、僕は"音魔術師"だ。他の属性が使えない代わりに、全属性中最速の魔力伝播力を誇る"音素フォニム"が使えるんだ。僕のデッドゾーンは1cm……近接系ジョブメレーのスキルにも対応可能なのさ」


「くっ!……お前は人をなんだと思ってる!」


「人?もしかして神子のことか?勇者のための生き物なのに、その勇者すら世界には現れない……生命として役割が全うできないのなら、せめて人類の役に立つ使い方をしないといけないだろ?」


「それが……ブラッド種と……その石と……関係ないだろ!」


「あれを見たのか?なら話しは早い、ブラッド種はマルグレットの娘を殺すためだ。夫に続き娘まで死ねばいかにあの鬼神とて病むだろうからな。石に関しては僕の新しいスポンサーに力を示すために必要だったんだよ。それに、あの尖兵を倒せば儲かるから都市にとっても悪い話しじゃないしね」


 全員がふらつく中、拓真達の入ってきた通路からもう1人何者かが歩いてきた。


「ち~っす!ルギス君元気してるっすか?」


 現れたのは忍者のような服装をした細身の男だった。


「ナインさん、お久し振りです」


「おや?もしかして取り込み中?」


「いえいえ、元研究員が珍しいモノを持ってきたのでオモテナシを披露してたところです」


「ふ~ん、あれ?君、どこかであった?」


 ナインと呼ばれた男は拓真の顔をまじまじと見て思案に耽る。


「ああ、そいつらは今"フィールド・オブ・フォニック"の影響下なので触れないで下さい」


「対策なしでFOFに挑むなんて、バカなんすか?」


 立ち上がる事も出来ない拓真達をバカにするナイン。


「まぁまぁ、僕の能力はギルドの記録に残ってないので対策のしようがないですよ」


「違いない!あ、そうそう。テンがさ、殺られちゃったんだよね……。欠番の補充のためにアレ使うから、準備できてるっすか?」


「ええ、できてますとも!第4研究棟の実験区画に配備してるのでこれが終わったら案内します」


 そう言ってティアの方へと歩くルギス。


 ティアもあれに融合させる気か!くそっ!体が言うことを聞かない……このままじゃ、ティアが……。


 拓真は必死に考える。自身の能力で突出しているのは"応用力"だ。幅広い属性付与が持ち味の印術師……なら音に対抗できる属性だってあるはずだ!


 ここで俺が選択する属性は───闇だ!


 ルークと戦った時、闇と毒を合わせた闇毒グラヴィトンを俺は作り上げた。効果は対象にかかる重力を増加させるスキル。


 光属性が単純に光と治癒に作用するように、闇も空間に干渉する効果がある。


 まずは闘気の散布だ!


 拓真は手を前にかざして空間に闘気を散布する。昔よりも闘気変換効率が上昇している拓真は、一種のフィールドを形成する事ができるようになっていた。


 そして散布された闘気と魔功で空気中の音素フォニムを解析していく。ルギスとティアが1mの辺りで拓真は解析を完了し、空気中の闘気に闇を付与していく。


 そして───パリンッ!



 空間が割れたような音がしたあと、拓真は地を蹴り疾走する。


「バカな!!」


 ルギスは咄嗟に音素障壁フォニックシールドを展開するが、すでに解析済みの拓真は迷わず剣を振り下ろす。


 ザシュッ!


 剣は一切の障害もなくルギスの体に致命傷を与えた。


「な、んで?」


「ハァハァ……お前……どんだけ音に自信持ってんだよ。同じ振動で相殺できるに決まってんだろ」


「くっ!……ナインさん!!」


 ルギスは最期にナインへと手を差しのべるが、ナインは無表情な顔で言う。


「俺っちはアレを受領しに来ただけなんで、ルギス君を助ける義理はないっすよ」


「そ……んな……」


 ナインと言われた男はルギスを残して霧のように姿を消した。


「お兄ちゃん私をあの石の所に……」


 石から何かしら影響を受けているティアは顔を蒼白にしながらも石の元へ行くことを望んだ。


「ティア、大丈夫か?」


「うん、でも私よりもあの娘達の方が辛いと思うから……」


「あの中にいる全員を鎮めるのか?」


「うん、あれを鎮めたら尖兵の数もこれ以上は増えないと思う」


 拓真はシリウスの協力で試験管を操作して石を取り出す事に成功する。


「この石からものすごい憎悪を感じる。なんで私が、もう嫌だ、憎い、そんな言葉が伝わってくる。だから私は───」


「くっくくく、無駄だ!神子の感応能力で鎮めようとでも?そんなもの……ただの1個体のお前にできるわけないだろ総数100体以上だぞ?……ゲホ……逆に取り込まれるだけだ……」


 死に体のルギスを無視してティアは構わず石を手に取る。


「うっ!……く、うううぅぅぅ……」


「ティア!?大丈夫か?」


 魔力探知とか関係なしにティアへ黒いオーラが流れてるのが見える。


「お兄ちゃん……手……握って……お願い……」


 ティアの言うとおり拓真は手を握る。ティアは少しだけ笑ったあと、ただの慰めより良い方法を思い付いたと語った。


 ティアは慰めるよりも未来を提示することにした。石に語り掛けるよりも、自身の全てを見せる方が早い、ティアは石へ向けて自身の記憶を開放した。


 隠れ里から外に出て奴隷になったこと。拓真に買われたこと。そして───拓真との日々。


 ティアが石を胸に当てて魂鎮めに入ってから5分、いきなり石が光始めた!


「きゃあああああッ!!」


 ん?今のは恐怖の叫びと言うよりは、むしろ───。


「大丈夫か!?」


「え?あ、うん……お兄ちゃん、石見て。成功しちゃったみたい、えへへへ」


 石を見ると白く輝いていた。そしてティアが石を拓真に差し出す。


「え?」


「なんかね、満場一致でお兄ちゃんの所有物になりたいみたい」


「そう言うなら受け取るけどよ」


 拓真が手に取ると石がピンク色に変化した。


「うわ!色が変わった!」


「え!?ホントだ!」


 隣で見ていたシリウスが考察を述べる。


「身体と言う器が無くなった以上、ティアさんが開放した記憶は魂にとって"実体験"。つまりティアさんの経験を追体験したことになる。良い記憶で上書きされたことになるから……ごほん!つまり100人同時攻略をしたことになる」


「はぅ!!き、キスはしたことあるけど!でも……その、好きってわけじゃ……」


 弁解するティアに合わせて拓真も弁解する。


「た、確かに!家族になるって約束したけど、それは妻ってわけじゃ……え!ちょ、泣かないで!そ、そうなることもあるけど、その、まだ俺には覚悟が……」


 拓真の言葉の途中で泣き始めたティアへ重ねて弁解するが、すでにしどろもどろな状況になっている。


 結局、そうなる可能性が高いという事でティアは満足してその場は収まった。


 月の石ムーンドロップから先ほどのナインと言う男が裏で糸を引いている事を聞いた一行はシリウスの案内で第4研究棟、実験区画に向かうことになった。





 拓真達が去って、試験管に背を預ける男がいた。その男はすでに助かる見込みはなく、後は死神の抱擁を待つばかり。


「へ、へへ。都市のために頑張って来たんだがな……どこで何を間違えたやら。ギルドマスターにもなれず、研究も頓挫した。結局、僕は何もできなかったなぁ……ロルフさんよぉ、アンタの言うとおり、だった……ぜ……」

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