10-6
ルベルがダラムクスから離れ、ビルギットが壊された後、もうダラムクスには「子供たちの苦しむ声」が聞こえなくなっていた。ギルドの前では、冒険者たちが怒りに震え、ひたすらに拘束から逃れようとしているが、それは不可能だった。大の男なのに泣き出す奴もいたから、レンには滑稽だった。
「ダーリン、レセルドに逃げられてしまったわ。それに、変な機械を殺すのに魔力使っちゃったから……」
ヴェンデルガルドが戻ってきた矢先、そう言った。
「機械……そうか、あの強力な魔力はそれだったのか。へぇ、意外と腕のある技工士がいたのなぁ」
「でも、あれ一つだけだったわ」
「ふぅん、ならいいや」
「ごめんなさい……レセルドを……」
「いやぁ、気にすることないよ。どうせ何もできないはずだ」
「でも、何か策がありそうな感じだったわ」
「誰が来ようが、俺には勝てねぇよ」
「……それもそうね。キャ、頼もしいっ!」
「ハハハ。――――んじゃ、計画変更だ。大人たちを解放しよう。
「……ということは、レベル3?」
「良く分かってるじゃないか」
レベル3――――冒険者が簡単に死ぬレベルの魔物たち。それと同時に一般人を放つと、さっきの子供たちと同じように、「見捨てる」行動を見ることができる。動きの速い魔物が多いので、「守りながら」の戦闘は困難を極める。生き残りの子供たちもまだ、少数はいるだろう。そんな状況の中で、彼らがどんな行動をするのかを、じっくり観察する……そんな、レンの悪趣味なレベル設定。
……レンは、さっきまで、あんまり「見捨てる」という行動を見ることができなかった。
「どいつもこいつも、純情なやつだったな」
「……自己犠牲を美徳として教え込まれた、汚い子供。でも、ほとんど浄化に成功しましたわ」
「――――だが、『
レンは、拘束を解くことができず、情けなく地べたに転がる冒険者たちに問いかけた。瞬間、周囲に戦慄が走る。苦渋の判断を迫られていることは「自分たち」であると理解した。正解は、分かっている。冒険者として正しいのは、「守り切ること」。
……だが、当然ながら、「死ぬのは怖い」。
子供たちが殺されていく、悲痛の声を聴いて、掻き立てられたのは「怒り」だけではない。ドス黒い「恐怖」もまた、冒険者たちを包み込んでいた。絶望と濁点にまみれた悲鳴と断末魔、それから骨の砕ける音。母親に助けを求める声もまた、彼らの潜在的なそれを呼び覚ました。
雨が降り出す。冷たい水が体温を奪うように、「戦意」も奪っていく。
「あ、ミヤビはまだ開放しないからね」
「この風景を見てもまだ、『発動』しないなんて、どんな神経してるのかしら?」
ヴェンデルガルドがニヤニヤしながらミヤビの方を見た。今度は打って変わって、すっかりおとなしくなった。地面を見つめたまま、動かない。
「きっと必死なんだよ。
「でないと――――
「そぉそぉ。偏屈な祝福をもらった『奴隷』さんは、大変だねぇ」
図星。ミヤビは何度も頭の中で、「悪い奴」になろうとしている。必死に、嫌って、殺されてよかったって思いこむ。思いこまないと、胸のあたりから「能力」が、じわじわ殺しに来る。でも、潜在的な「悲しい」と言う気持ちは消えない。そうやって頑張ることは結局、「みんなを助けたい」ってことだから。
だから、忘れなきゃいけない。文字通り「心の底」から、思いこまなければいけない。
「それじゃ、
レンの冷酷な声が、彼らに引導を渡した。
☆
限界を超えた身体の酷使。風の如く加速するルベルは、森を抜け、静かな砂浜にたどり着いた。不気味なくらいに静かに感じる。自身のブーツが砂を踏む音と雨の音だけが、頭の隅で響いている。
――その先に、人影が見えた。二人。間違いない、ディアとモトユキだ。
走れ、走れ……と、我武者羅に。一人でも多くを救うために。
……意外にも、それからすぐに辿り着くことができた。モトユキが、彼女に事を聞く前に、叫んだ。
「――――みんなを、助けて!!」
「ど、どうした!? 何があった!?」
「分からない。分からないけど、皆が殺されてる!! 早く!!!」
「落ち着いて!! 何があった!?」
「だからわからないの!! 家でファンヌちゃんたちが隠れてて、でも、早くしないと、あの子たちすら、助けられない……!!」
……気絶した。プツンと簡単に意識が切れた。それも当然の事。ただでさえ体力が無い状態で、大きな魔力を使い、悲鳴を上げる身体に鞭を振るったのだから。無気力に倒れるルベルの体を、モトユキが支える。
「も、モトユキ……これは一体……? 『力』ってやつでダラムクスを調べた方がいいんじゃないか?」
「いや、待て……確か今日は、『雷』の日だったはずだ」
「……どうかしたか?」
「つまり、平日。ルベルたちは学校に行っている時間帯に、『家に隠れている』と言った。ミヤビの家は学校からそれなりに距離があるから、事件は『早朝』に起こった。そして、俺たち、もしくはディアを強いと知っているのは、ミヤビ、アビー、それからあの時遊んだ子供たちだけ……その中の『ルベル』だけが助けを呼びに来たということは、冒険者たちは『一人残らずダラムクスを離れられない』状態にあるということだ。『一人残らず』、つまり敵は、隙を作っていない……」
「なら、なおさら『力』で……」
「『家に隠れている』ということは、『積極的に家は破壊されていない』ということ。つまり、敵は、『火力だけの存在ではない』ということだ。火力でない方法で、冒険者たちを一人残らず離れられない状態にしている……」
モトユキが、頭を抱えながらぶつぶつ呟いている。その表情は切羽詰まっていて、額に冷汗が噴き出ている。ディアも、なんとなく「ヤバイ」と分かった。
「――――考えられるのは、『敵』は単なる物理攻撃ではなく、催眠波的な『特殊な攻撃』をしてくるということ」
「催眠……なら、モトユキが不用意に『力』を使えば、バレてしまう可能性がある……と?」
「……バレるだけならいいが、本当に催眠なら……俺が『暴走』してしまうリスクもある。何より優先すべきは、敵の能力を探ること。その際に、俺は絶対に攻撃を受けてはならない」
「……なら、吾輩がドラゴンになろう。このバカでかい図体なら、敵に目立って、すぐに攻撃を仕掛けてくる」
「大丈夫なのか?」
「人間ごときの魔法は効かない。ドラゴンの体には、大賢者の精神攻撃さえも弾く力がある」
「じゃ、頼む。近くで動きを確認するのと、大きな力を出すと気づかれるから、俺はルベルと一緒にディアの上に乗っておく。なるべく『強い魔力』を発してくれ。できるなら、攻撃からの防御も頼む」
「分かった」
ディアは服を脱ぎ捨て、ドラゴンへと体を変化させる。モトユキはルベルを抱きかかえたまま乗り込み、薄くバリアを張った。
空気を切り裂く至極色の翼。雨天の銀光でも美しく輝き、その巨躯を前へ前へと進める。衝撃波で、眼下の木々が荒々しく騒ぎ立てる。子供が二日かけて歩いた距離も、簡単に巻き返し、一瞬の間にダラムクスに戻ることができた。
――――だが。
妙な結界をいともたやすく突き破り、いよいよ敵との対面のところで……。
「――――モトユキ、逃げ、ろ」
「…………え?」
瞬間、ディアの体から力が抜ける。「墜落する」とモトユキは反射的に感じた。逃げなければという気持ちと、ディアを見捨てたらいけないという気持ちが戦ったのは一瞬だけ。なぜなら、想定していなかったことが起こってしまったから。
つまるところ、「逃げた」。「敵にばれないようにする」ことも忘れて、とにかくミヤビの家へ行って「ファンヌたち」の安否を確認するという「愚策」を取ってしまう。
頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。意識が統一できなくなる……。
バン、とドアを勢いよく開けた。
ファンヌと……それから「白髪の少女」が、目を皿のようにしてこちらを見つめている。その場の全員が、何が起こったのか分からない状況だった。
否、「白髪の少女」だけは……、
確かに彼女は事を分かっていなかったが、「運命」だけ、はっきりと分かった。
……そして、本能のままに、モトユキに、
キスをした。
瞬間、モトユキの意識は暗転した――――――――。
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