8-1 「新ダンジョン」

 ミヤビがダンジョン調査に行くまでの二日間。


 ダラムクスの曜日で言えば、「氷」と「光」で休日である。だが、彼女は準備(武器・道具の点検、行動班の確認)で忙しかったため、ルベルと一緒に過ごす時間は、宣言通りに取ることができなかった。仕方のないことだとは分かっていたが、少しだけ罪悪感を感じていた。

 ダンジョン調査班は、金級10名、銀級20名、特別回復支援士ヒーラー10名となった。それぞれ、金1人、銀2人、特別回復支援士ヒーラー1人の小隊を築くことに。(いつも通りのメンバー、つまりパーティを組む者たちもいるため、そのすべてが同様の構成ではない)


 一方でルベルは、ガスの命令に従い、休日中でも非道なことを行っていた。友達間のルベルへの評価は悪くなり、彼女のことを心配していた子たちもいたが、やがては同じように「嫌な奴」としてルベルを置いた。しかし、彼女のすべての行動がガスのせいであるとは(本人はすべてが自分のせいだと思っているが)誰も思わなかった。それは、モトユキ、ディア、ミヤビの三人も然り。


 モトユキとディアは、町を出るために、この大陸について様々な情報を得た。以前彼らが話していた通り、次に行く場所は「マイアミル」となった。この大陸は「パテカウル」と言って、三日月のような形をしている。その北端に位置するのが、ここダラムクス。彼らが目指す「マイアミル」は南端にある(あったとされる)王国跡地である。現在は王国としての機能はなく、ダラムクスとはほんの少しの物流があるだけの所。

 図書館の本など、情報に関するモノがそこから流れてきているのと、この世界のとっての王国がどんな場所かを知りたいがため……いや、本当はディアが「ゆっくり進みたい」と言ったから、彼は三日後、そこに進む方針を固めた。ルートは西海岸沿いに進むことに。ミヤビが家にいない間、ルベルの面倒を見るくらいはしようかと彼女に話したが、もう既に件はアビーに話してあるらしく、彼女が手伝いに来てくれることになっていた。ということで、適当に日時は決めたのである。


 この二日間で、ルベルが三人と口を開いたのは、モトユキがもう少しでここを発つという話をした時だけだった。といっても、「どこに行くの?」というぼそぼそしたものだったが。モトユキは彼女に事を話したが、どこか上の空だったから不思議に思った。だが、思春期というものは実に奇妙であることを彼は知っていたため、深く追及することは無かった。



 そして、「光」の次の日――――「火」。

 モトユキたちが朝起きると、家が荒らされていた。皿を割られ、カーテンを破られ、テーブルや椅子を倒され、衣服や本、人形など様々なものが散らかっていた。三人は犯人をすぐに突き止めることができた(半ば勘であったが)。

 ルベル……彼女だった。



「……あぁ、か」



 ミヤビが頭を抱えながら言った。



?」



 モトユキが聞き返す。



「うん、昔もこういうことがよくあったんだ。特に私が長期のクエストに出かける時は、決まって部屋がぐちゃぐちゃにされてる。最近は無くなってきてたんだけど、やっぱ、今日はあったかぁ……。あれだね、幼児退行ってやつなのかな?」


「……さぁな。あの子はミヤビの気を引きたいんじゃないか?」


「迷惑な引き方ね……」



 その荒れた部屋で朝食をとっているとき、ふらりとルベルが現れた。朝食も食べずにどこへ行っていたのかという質問はされずに、ただそこには沈黙があった。

 その沈黙を割いたのは、ミヤビだった。



「――――いい加減にしなよ」



 年上であるはずのモトユキでさえ身震いするかのような、冷たい声だった。その声で沈黙はさらに凍りつき、ますますルベルは何も話さず、ただミヤビの叱責を待つ体勢になる。



「――――…………」



 ところが、その言葉を待っていたルベルに襲い掛かったのは、無言の圧力。ミヤビはその形の良い眉を歪ませ、少々手荒く食器を扱う。食器同士が意図的にぶつけられる音が、その部屋には響いていた。

 かくして、ミヤビはそのままダンジョン調査へと出かけてしまった。モトユキは、彼女が母親としても人間としても未熟であると思ったが、決してそのことは口に出すことは無かった。なぜなら、朝食の場で「何も言わない」という選択をした自分には、その権利がないからだ。


 しかし、彼は、何も「ルベルを無視する」という選択をしたわけではない。自分達が朝食を食べ終わり、一人隠れて食べていたルベルの側に行き(顔は見ないように背を向けながら)、話した。もしかしたら、彼女に自分の言葉は響かないのではないかとも思ったが、それでも良かった。ただの自己満足だと、言われても。



「ルベル。ミヤビや友達に、ちゃんと謝った方がいいんじゃないかな」


「……」 言いたい。


「君が何を考えているのか、俺には分からない。もしかしたら、ただむしゃくしゃしているだけなのかもしれない。子供が親にそれをぶつけるのは、一度や二度あってもかまわないだろう。友達に対しても、だ。ただ、ね、そのあとに謝ることを忘れちゃいけないと思うんだ」


「……」 言いたい。


「ま、こんなのは、理由も根拠も何もない、自論に過ぎないんだけど」


「……」 言いたい。


「ミヤビは君を信じている。君を愛している。もう一度よく考えて、自分のすべきことを見つけてみてよ。それで君が、逃げることを選ぶのなら、俺はもう何も言えない。俺は、君の何でもない友達で、ただの居候だから、君の生き方を決めることもできなければ、偉そうにものを言って説教することもできない」


「……」 言いたい。


「だけど、信じてるよ。俺も」



 言いたい気持ちは、溢れそうなくらいあった。だが、ルベルは、最後の最後まで言うことができなかった。

 「ごめんなさい」と、心の中で言うことしか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る