1-1 「仮面の女」

 混沌邪神龍ディアケイレス。

 今俺が乗っている馬鹿でかいこのドラゴンは、二千年前にこの世界を滅ぼしかけた存在だったらしい。で、俺はこいつとお友達になった。俺一人の力で性格を丸く抑え込めるのなら、二千年前も何か彼女を暴れさせることになった理由があったんだろうか。そんなことを考えながら、空を冒険していた。


 冒険と言えるだろうか。とにかくディアは滅茶苦茶に速いから、碌に光景を見ることもできない。所々に島も見たが、そこには降りずに大陸を探すことにしている。空気摩擦なのか衝撃波なのかよくわからないが、ここはとてつもなく熱い。暑いじゃなくて、熱い。念力の使い方を誤れば、俺は黒く焦げてしまうだろう。球体型にバリアを張って、ディアにしがみついている状況だ。ドラゴンに乗って冒険とか、憧れではあったが、もう少し弱いドラゴンが良かったかな。


 空気が薄いとはっきりわかる程度には高度を保っているから、もし見つかったとしてもそこまで大事にはならないと思うが、そうなったら面倒だな。前のサングイスの時みたいになりそうだ。何とか隠密行動を心掛けたいところ。

 一応屋敷にあった世界地図を持ってきておいた。天変地異がなんとかって言ってたから、あんまり当てにはならないかもしれないが。東の方に割と大きめの大陸があったから、そこを目指している。



 そんなこんなで、大体一時間くらい飛び続けた。

 恐らく目当ての大陸を見つけた。そして、海岸の辺りにそこそこの大きさの街を見つけた。とりあえずここに行ってみることにした。


 人気のないであろう場所を選んで、降り立つ。

 ……のはいいのだが。俺は何となく違和感を覚えた。


 ディアケイレスが封印されてから二千年。ディアもそれなりに言葉を話せることから、二千年前にも結構な人間の文明があったはずだ。そして、二千年の期間があったのだから、俺の元の世界位の技術はなくとも、少しくらいは発展していてもおかしくはない。その分、人も多いはずだ。

 ところが、空から見える島の平地や川の近くに、人が住んでいる気配が無かった。唯一、今見つけたところだけが、人が住んでいると思われる場所だ。見逃していただけかもしれない。だが、「大厄災」というものがどれほど大きなものなのか、最早想像がつかなかった。


 降り立ったのは、山中の川の近く。山と言っても、ちょっとした盆地になっていて、人が住むにはうってつけの場所なはずだ。なのに、人は一人もいない。


 建物の残骸らしきものは見つけた。ぐしゃぐしゃになって土に埋もれていたり、植物に飲み込まれようとしていたり……とにかく、ギリギリ分かる程度。それ以上残っている物は見つからない。人の死体、らしきものもある。しかし、厳密に骨がそろっているわけではなかった。


 寂れていた。



「厄災って、そこまで凄まじかったのか?」


「さぁな。吾輩はずっと引きこもってたからわからん」


「……人間の文明的に言えば、どのくらい衰退してる?」


「二千年前は……そうだな、もっとこう、金属が動き回っているようなイメージだったな」


「ロボットとか?」


「そうだな、確かそんな名前だったはずだ。鬱陶しくて仕方がなかったな」



 文明レベルは、俺の元居た世界よりも上だった……? にしても、根こそぎなくなりすぎではないだろうか。どんなに大厄災が酷いものだったとしても、文明の残骸は大なり小なり残るはずだ。コンクリート壁だったり、ロボットの金属だったり……現にアルトナダンジョンは残っていた。それとも、アルトナダンジョンの運が良かっただけだろうか。二千年という時間と、度重なる厄災の中で、風化して無くなっただけなのだろうか。


 またあとで考えるか。とりあえず街まで行こう。



「ディア、元に戻ってくれ」


「分かった」



 いつも思うけど、結構グロテスクな変身だ。骨格が変化して、皮膚が変化して……ホントどうなってるんだよ、こいつ。

 変身が終わってしまえば、ただの女の子なんだけどな。


 美少女だからなのか、ディアだからなのか、ともかく未発達なボディラインは美しい肌で……って、何をまじまじ見てるんだ俺は。駄目だ、精神も十歳に戻りかけているのかもしれない。こいつに欲情してしまうことは男として、人間としての「終わり」を意味する。何より社会的道徳が許さない。


 早く持ってきた服を着せなければ。

 と言っても、メイド服だ。あまりしっかり着こなすと怪しまれるかもしれないから、エプロンは付けずに紺色のワンピースだけを着せる。多少不自然だが、屋敷の時よりかはマシだな。

 あ、待って、ノーパンだこいつ。



 何とか着替えさせた。


 こうして世話をしていると、姪っ子のことを思い出す。今頃元気にしているんだろうか。

 ……俺の肉体は一体どうなったんだ?


 気を取り直して、いざ新しい街に行ってみるか。できるだけ怪しまれないことを心掛けなければ。



「そういえば、ディアって魔力隠してる?」


「ん? 一応そうしているが。分からなかったのか?」


「してるんだ……」


「どういう意味だ」


「いや、何でもない」



 意外とこいつは賢いかもしれない。俺は「魔力」というものを感じることが出来ないから、はっきり言ってそれが良く分からない。だが、この世界の住民には分かるんだ。ディア位の存在になれば、魔力を隠していないと、一瞬でばれてしまうだろう。


 となれば、隠密面では割と大丈夫、か? あとは服装と、子供二人だけで行動する不自然さが課題か。設定考えてなかったな。流石に「兄妹」というのは少し無理があるな。


 ま、歩きながら考えよう。

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