6-2
フェーリの状態は、日を追うごとにどんどん悪くなっていく。
しかし彼女の病気は、本を読み漁っても何も分からなかった。
高熱が続き、蕁麻疹は赤く腫れたような状態に。食欲はなく、意識が朦朧としている。最近では脳にダメージもあるようで、幼児のような振る舞いも見受けられる。
性病だと確信できたのは、二つの根拠がある。一つは、蕁麻疹の最も酷いところが性器のあたりで、明らかに病気以外の外傷があっただろうと推測できる「腫れ」があること。腹を殴られたような痣もあった。そしてもう一つは、意識が朦朧としている状態で、「サングイス」だと認識できないと、「雄」という生き物にひどく怯えるのだ。
症状の中でも一番目立つのは、「自傷行為」だ。
「かゆい、かゆいよぉ……」
「……」
ナイフで自分の体を裂いていく。蕁麻疹をいくら掻いてもおさまらないかららしいが……異常だった。サングイスはそれを見るたびに止め、ナイフを取り上げどこかに隠すが、それでもすぐに見つけ出す。病気であっても頭が良いことに変わりはないから、一層たちが悪い。
思い切ってナイフを破壊し捨ててみたが、今度は氷魔法で創り出したナイフで行為を繰り返すようになった。何度も何度も止めてはいるが、着実に身体はボロボロになっていっている。
「にぃさまぁ! たずげでよぉ……!」
「……ッ」
サングイスは潰れてしまいそうだった。いや、もうとっくに潰れていたのだ。悪意という子供に簡単に踏み潰された蟻だった。
短期間で家族をほとんど失い、せっかく残った妹も、どこかの知らない誰かに身体を弄ばれ、病気をうつされ虫の息。いつ人間が襲撃してくるかわからないこの状況。
胸が張り裂けていた。ひゅう、と心に穴が開いた音がする。
いくら歯を食いしばっても、何も状況は変わらなかった。
フェーリは、あるときは感情が爆発し、あるときはぼうっとしてるだけの無気力になる。情緒が不安定で、何がそれの引き金になるのかは全く分からない。
「フェーリ……」
あるとき、サングイスは思い切って聞いてみることにした。
今は安定期。無気力に天井を見上げているだけのフェーリだが、声には反応する。
「一体何があったの?」
フェーリが帰ってきたとき、「家族が殺された」とだけしか伝えられなかった。どんな状況にあったのか、どうやって帰って来たかなんて、教えてくれなかった。だから、何をするという訳でもないが、聞かないと落ち着かなかったのだ。
「……へいでん」
ぼそりと呟かれた単語の意味が、始めは良く分からなかったが、少し考えると理解できた。
「ヘイデン」という男性の名前のようだ。
「……わあしたちを、うけいえてくえた」
呂律が回らない。だが、何かを絞り出すように言葉を並べていった。
「でもらめらった」
でも駄目だった、の言葉の後は何も言わなくなった。
代わりに、声も出さずに彼女は泣き出した。
☆
すっかり衰弱して、みるみる痩せていった。
粥をつくったとしても食べやしない。
なのに自傷をする気力はどこから湧いてくるのか。
サングイスは、少しずつ話を聞き出すことに成功した。途切れ途切れの記憶であったから、半分くらいはサングイスの推測になる。
スレイドがどのようなアクションを起こしたか詳しくは分からなかったが、どうやら「手紙」という選択をしたらしい。人間の王に手紙を届ける、という単純な手。内容は「幸福」や「共存」といったそんなところ。いかにもカーティスが好きそうだ。で、どうやら手紙を返したのが「ヘイデン」という男だったらしい。人間の王なのか、それとも結構高位な役職の者なのか、それは分からないが、「受け入れてくれた」と言ってたから、恐らく友好的な返しが来たはずだ。
王国へ向かうくらいだから、確信を得るために様々な行動をしたらしい。例えば、捕虜の要求とか、人間の血の要求とか。ヘイデンが素直にそれに応じたものだから、面識がなくても、それなりに信頼していたらしい。
……信頼してしまったのだ。
やはり罠だった。
父や祖母、男性の召使いは、捕らえられた後すぐに処刑。
その他女性は……人間の
フェーリだけは、何とか殺される前に逃げてきたらしいが。
馬鹿な話である。
「たすけて……たすけて……」
今もなお、自傷を繰り返すフェーリ。
何度も何度も傷つけられたその肌は、美しかったあの頃なんて、なかったみたいだった。苦しんで、苦しんで、苦しみ続けている。熱と痛みと痒みと苦しみと悲しみで、脳が壊れて何も考えられなくなった。赤ん坊のようだった。
人間さえ信じなければ、こんなことにはならなかった。
あのとき自分が止めておけばと後悔しても、無駄だった。
サングイスはただ、悔しかった。
殺した。
実の妹を殺した。
サングイスが望んだ。
これ以上壊れていく妹を見たくなかった。
フェーリが望んだ。
実の妹を救った。
切り開かれてしまったその肌を全て縫い、彼女の名前の花であるフェーリフラワーとともに、氷の中に閉じ込めた。氷の中で眠る彼女は、さっきまで死を望んでいたとは思えないほど綺麗な顔をしていた。
憎悪という名の植物が、彼の心に根を生やした。
サングイスは考えた。どうすれば人間を絶滅させられるか。
サングイスは努力した。どうすれば人間を絶滅させられるか。
「エミーの魔導書」を読んだ。
彼女の残した、「蘇生魔法」という禁忌の魔法を知った。知ってしまった。仕組みと理屈こそは単純なものの、恐ろしい魔法だった。倫理的にも難易度的にも。その頭脳で何度も何度も魔法陣を描きなおし、今までにない新しい魔法を創り出す。憎悪にとりつかれていても、彼が魔法の天才であることは変わらない。
そうして「死の雪」と「生命復活」の魔法が完成した。
あの雪だるまの魔法をこんなことには使いたくはなかったが、もう何でもよかった。
シューテルに「死の雪」が降り始めた。
約百年間の復讐が始まる。
見上げれば、月が黒雲に隠れようとしていた。
それを見た銀髪の吸血鬼は、たった一滴だけ――――泣いた。
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