28話 コンフリクト 朱雀と玄武
「対象の特殊生物はすでに沈黙、代わりに捜査対象を発見しました」
市民からの通報を受けて、ベルゼリアンが出現したと言う現場に駆け付けた特殊生物駆除課、通称特生課の警部補、武藤 宗玄。だが到着した時点でその場に残っていたのは、すでに息絶えたベルゼリアンの亡骸と、怪物騒ぎの現場に度々現れてはその力で敵を討ち貫く戦士、朱雀。そしてそのパートナーの二人組。本部と連絡を取りながらどう対処するかを考える。
「あら、随分と遅い到着ですわね、遅刻ですわよ?」
朱雀のパートナー、紅神 咲姫は遅れてきた宗玄に対して煽るかのように言葉をかける。自分たちの代わりに世間に頼りにされている玄武を出し抜いたようで随分気分が良い。
「到着が遅れた事は謝罪しよう。君たちは……確か朱雀と言ったね。お話を聞かせていただきたいな」
特殊生物の事件現場に現れる朱雀は特生課にとっても調査の対象だった。だが今は戦闘は終わり矛を収めている。あくまで刺激をしないように諭すような優しい口調で話しかけた。
「断る。警察と協力するつもりはない。私達は私達の目的のために行動する」
しかし、朱雀に姿を変えている紅神家のメイド、二宮 朱里は宗玄の言葉をぴしゃりと跳ね退ける。今の朱里の体を構成しているサイボーグの技術には、法から外れた物もいくつかある。それに彼女には自分をこの体に変える原因となった『ジャック』と言うベルゼリアンに復讐すると言う個人的な目的もある。ここで警察に協力するなど微塵も考えていない。
「素直に話を聞いて欲しい所なんだけどな。人に危害を与えて無いとはいえ、その力を野放しにするわけにはいかないんだ」
だが宗玄も引き下がるわけには行かない。朱雀の体に搭載された火器はそれを所持しているだけで罪である。今はその銃口が市民に向いていなくても、今後も変わらないと言う根拠はない。
「遅れてきたと言うのに言いたい放題。わたくし達が居なければ今頃どうなっていたかわからないのですよ?」
「確かに君たちが僕らより早く到着した。だが特殊生物を駆除するのは警察の仕事だ。君たちがやる事じゃない」
お互い、少しも自分たちの考えを曲げる気はない。いつの間にか口調も強いものになり、その場には緊張が走る。
「奴らは私たちの手で根絶させる。どうしても邪魔をするのならば……この場で実力の差を見せ付けてもいいのだぞ」
「こっちは穏やかに解決したいんだけどな。公務執行妨害で余罪を増やすつもりかい」
朱里が格闘戦の構えを取り、相手を見る目付きが更に鋭い物になる。宗玄も、自分から仕掛ける訳には行かないが、向こうから来ると言うのなら容赦はしないと、迎撃態勢を取る。
次にどちらかが動けば戦いの火蓋が切られる。お互い相手の出方を伺っている最中、動いたのは咲姫であった。
「お待ちなさい。これから希望の象徴として君臨する朱雀が、人間を傷つけるなどあってはなりません」
「ですが、お嬢様!」
「口答えなどエレガントではなくてよ」
朱里の前に立ち、そっと制止させる咲姫。道は交わらないとしても、今警察と事を荒立てるのは本意ではない。ここは退くのが得策であると判断したのだ。
「それではごきげんよう、おまわりさん。二度と会わないことを祈っておりますわ」
そういうとスカートの裾を左右掴んで小さく礼をする。それを合図に朱里が咲姫を抱きかかえた。
「待て! まだ話は――!」
宗玄の声に全く耳を貸さずに、朱里達は背中に装着されたブースターを使って空へ舞い上がっていく。その速度は高速、白バイで追跡をしようかと思っていた宗玄だったが、不可能だとすぐに判断した。
「次はヘリでも応援に呼ぶか……?」
空を見上げるも、朱里達の姿はすっかり見えなくなった。とはいえ仕事は終わりではない。駆除だけが特生課の仕事ではないのだ。宗玄は無線で応援を呼びつつ、現場の後始末に取り掛かった。
「取り逃がしたの不味かったかなぁ……」
翌日、宋玄は特生課のオフィスでパソコンと向き合いながら、昨夜の事件に関する報告書を昼を少し過ぎてまでずっとまとめていた。出動の度に詳細な報告書を作成することが義務付けられているが、初回の報告書と比べ、今回はまったくもって気が乗らない。
「新聞でも酷い言われようですもんね」
宋玄の同僚、兵藤 マリが同じくパソコンに向かいながら声をかける。昨日出動した玄武の活躍に、世間の目は冷ややかであった。特殊生物の出現に対して、朱雀が駆除をした後に到着をした上、特殊生物と同じく調査の対象である朱雀も取り逃がす始末。市民の絶対的番人であるはずの玄武の醜態に、ネットや新聞などのマスコミは激しく反応した。
「まぁ、どんだけ頑張ってもこういう時はあるもんだ。気を落とすんじゃないぞ」
宗玄の上司に当たる男、柏木 仁が煙草を吸いながら軽く励ました。だがその程度では何の慰めにもならない。世間からも上からもこれから何かと小言を言われるのだろうと想像してしまい、大きなため息をつく。
「そういえばあれ、えっと……なんて言いましたっけ? ドローンを使って追いかけるのは出来なかったんですか?」
玄武には、高度なセンサーとカメラを搭載したドローンが装備として搭載されている。それを飛ばせば朱雀の追跡をすることが可能だったのではないかとマリは考えたのだ。
「ああ、シノビです? あれじゃ駄目ですよ。速度も稼働が出来る範囲も敵いません」
「最新のドローンでも出来ない事はあるんですね……ってどうしてシノビ? 名前は付いてなかったと思うんですが」
装備の開発、メンテナンスも行っている自分が知らない呼び名が、いつの間にか付いている事に戸惑うマリ。
「いえ、俗称です。ドローンってそのまま呼ぶのも味気ないし、ドローンから短くしてドロン。ドロンと消えると言えば忍者って訳ですよ」
「……なんかオヤジ臭いですね」
最新ドローン、通称シノビ。偵察や狭い空間の調査を目的とされた装備だが、前回の出撃では出番が無かった。
「まぁ現場で付くあだ名なんてそんなもんだ。刑事をデカって言うようなもんだよ」
「名前は私がつけたかったんだけどなぁ……」
知らぬ間につけられた俗称に少し不満があるマリ。
突如として現れた特殊生物問題に対応するために急遽設立された特生課だが、所属する人の関係性は良好のようだ。
「ああ、気分がいい! ねぇ、見た!? 今日の新聞!」
所は変わって紅神邸、庭でブレックファスト・ティーを楽しむ咲姫が朱里に新聞を広げて一面に書かれた記事を見せ付ける。そこには前日の朱雀の活躍と玄武の失態が書かれており、それを見た咲姫は随分嬉しそうであった。朱里と二人きりの時は、威厳を保とうとして普段使っている、着飾ったお嬢様口調も取れている。
「ええ、世間に私たちの力が見せられたようで何よりです」
「力無き者の盾であり矛。その大役を勤められるのは朱雀に他ならない! お父様が殺されたときに何も出来なかった警察なんて、当てにならないもの」
咲姫が朱雀を対ベルゼリアンの象徴として君臨させたいのは何も自らの権威を誇示したいからではない。ベルゼリアンを作りだす研究を止めようとした咲姫の父は、刺客によって殺された。ベルゼリアンの能力を使ったその事件を解決することが出来なかった警察が、咲姫はどうしても許せなかったのだ。
「ですが、大切なのはこれからです。人々を守る責任を私達は果たさねばならないのですから」
決意を新たに、戦い続ける事を決めた二人。人々を守るために朱雀の戦いはこれからも続く。
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