6話 アルバイト メイド、始めます
「やっと帰ってきた。集合時間、とっくに過ぎてる」
会議室の机の前で、頬杖をついて待ちくたびれた様子の里美が愛達を迎え入れる。二手に分かれて研究所を調査していた愛達は、ある程度経った後に集合し、情報共有をする約束だったのだが、愛と七恵は時間に大幅に遅れて到着していた。
「あはは、ごめんごめん、ちょっと色々ねー……そっちは収穫あった?」
苦笑いでごまかしながら椅子に座る愛。隣には七恵も一緒に座った。
「情報は全然だったけど、役に立ちそうなものなら見つけたよ、はいこれ」
里美がプラスチックで出来た小さなカードを愛に手渡した。一見すると改札を通るときに使うICカードのようだが、見慣れないロゴが申し訳程度に端に描かれていて飾り気のない印象を受ける。
「ここのIDカードだ、これがあれば俺が居なくてもここに出入りできる。」
愛と七恵を仮眠室から会議室に連れてきた龍二も他の三人と少し離れたところに座る。
「処分し忘れだと思うんだけど、もらってきちゃった。三枚は私達で持って、残りの四枚は予備として取っておこうか」
「おおーそりゃ楽だね、研究施設ってなら、まぁこういうのもあるか」
愛が七枚のIDカードを手癖でいじっていると、ふと、あることに気づく。愛は一枚のカードの裏面を他の三人に見せる。
「あ、これだけ名前書いてる、ほら」
他のIDカードは名前の欄が空欄の中、1枚だけ『ゲスト用 紅神幸一郎様』と書かれた一枚。三人もその名前を見るが、誰もその人物を知らないようだった。
「手がかり無しか……まだまだ探してない部屋もあるし、明日また集まろ!」
「すまない、また協力を頼む」
龍二が頭を深く三人に向けて下げる。三人に協力してもらっている事が未だに申し訳ないらしい。
「気にしないで、好きでやってる事だしさ! 明日も頑張るぞー!」
愛が、えいえいと大きく貯めた後、他の三人に今度こそやろうよと言わんばかりの視線をやる。次におーっ! と勢い良く拳を上げると、今度は七恵だけが控えめに参加してくれた。
愛と七恵の気合に満ちた活き活きした声で、その日は解散することになった。大した成果はなかったが、愛と七恵の表情は明るく、里美は少々奇妙に思えたが仲が良い分には悪い事は無いだろうと触れないでいた。このまま、苦手な調べ事も楽しくやってくれると良いと思っていたが……
次の日、愛は集合時間に大幅に遅刻していた。
「愛ってば、自分から集まろうって言ってた癖に何やってんの……」
先日と同じように、頬杖をつきながら、大きなため息をこぼす里美。愛の遅刻は普段からままある事だったが、昨日も集合時間に遅れたのもあって、流石にストレスが溜まっていた。
「で、でも手掛かり見つけたかもって連絡が来てたし……」
「今は遠藤を待つしかないだろうな」
里美をなだめようとする七恵と、腕を組んでただじっと待つ龍二。愛が居ない空間では誰も積極的に喋らないので、無言の時間が続く。そんな気まずさをなんとか無くそうと、里美が口を開く。
「そういえば私たち、龍二とあんまり話したことないんじゃない?」
「確かに、井ノ瀬と美倉……さんとは、あまり」
龍二が照れくさそうに視線を逸らしながら答えた。向こうからグイグイ近づいてくる愛意外と、未だに話すのは苦手である。
「いや、なんで七恵だけさん付けなの?」
「遠藤から、美倉……さんは、か弱い女の子なので気をつけるようにと」
「わ、私が!? 別に気を使わなくなって……愛ちゃんも里美ちゃんもか弱い女の子で……」
七恵が顔を赤くしながら慌てて俯く、声は小声でだんだんスピードが上がり、聴き取れないほどになっていた。
「七恵と私はともかく愛はか弱くないでしょ……私については何か言ってない?」
里美が少しの好奇心で聞いてみる。七恵には気苦労が多いから気を使ってやれとか、逆に困った時は頼って良いとか言ってくれてるだろうか。愛とは長い付き合いだし、なんだかんだで気を利かせていてもおかしくはないはずだ。
「多少は迷惑をかけても大丈夫だから気を使うなと」
「あいつ……! なんなのこの扱いの差は」
少しでも期待した私が馬鹿だったと、里美が肩を落としながらうなだれた。
「遅れてごめん! 持ってきたよ、手がかり!」
突然扉が勢いよく開かれ、左手に紙を持って大遅刻の愛が現れる。走ってきたのか息は少々乱れ、顔には汗が流れていた。そのまま持っていた紙を広げて三人に見せつける。
『急募! 紅神邸短期アルバイト募集中!
仕事内容、紅神邸でメイドとして清掃や食器洗いなどををしていただきます。
高校生可。
お問い合わせはメイド長の二宮まで』
「何、これ」
「いや、だからメイドのバイト」
「メイドをバイトで募集するかな普通……じゃなくて、なんでこれが手掛かりなの」
怪訝な表情でバイト募集のチラシを見つめる里美。唐突な怪しい求人チラシに面を喰らわざるを得ず、アルバイトの求人でメイドなど生きていて一度も聞いたことが無い。それだけでは無く、それを手がかりとして持ってきた事も何が何やらわからない。
「ね、ねぇこの紅神って……」
「そう! 鋭いナナちゃん!」
チラシに書かれている名前で何か気づいたのか、控えめに主張する七恵。それを聞いた愛が鋭く指を突き付けた。
「そっか、IDカードに書いてた名前と同じ!」
「やっと気づいたかいサトミン君、この紅神邸に、メイドとして潜入調査をするのですよ!」
また愛の謎の好奇心がヘンテコな案件を持ってきたかと思っていた里美は意表を突かれた。しかし、研究所にゲストとして呼ばれるほどの人物と、メイドを募集するほどの屋敷を持つ人物の名字が同じとなれば、何か関係があると思うのも一理ある。愛にしては随分と筋が通っている気がする。……毒されて普通の基準がおかしくなっている可能性も捨てきれないが。
「とりあえず三人で応募、もうしといたから!」
「え!? 私達やるって言ってないよ……?」
七恵が不安そうに声を上げる。
「だってこんな怪しいバイト一人じゃ不安だし! 皆でやれば大丈夫だよ!」
「怪しいバイトに友達巻き込むな!」
里美の激しいツッコミ、まさかもう二人を巻き込んで応募しているとは……行動力が高いのは良いが、やはり愛の暴走特急っぷりは自分が制御する必要がある。と呆れる里美だった。しかし、手掛かりが今の時点でこれしかない以上怪しくても飛び込むしかないだろう。文句を言いながらも二人は腹をくくる事にした。
そんなはしゃぐ三人の輪の外で、硬い表情のまま腕を組んでいる龍二。
「俺の出番は……無さそうだな」
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