3話 ランチタイム 迂闊ドラゴン

 地下にある謎の地下施設に、人を食らうと言う謎の怪物が現れ、そしてそれから助けてくれた人物の正体がクラスメイトである青木 龍二かもしれない事――衝撃の連続だったあの日のその後。


 昨日、エレベーターから裏山の麓に出た愛達は、非現実的な事実の数々を大人や警察に言ったとしても取り合えってはくれないだろうし、誰にも話すなと忠告を受けているからには他言無用だと考え、放課後の事を誰にも口外せずに、今まで通りに過ごすことを選んだのだ。


 昇降口で少し古くなったお気に入りのスニーカーから上履きに履き替える愛、隣にはすぐ隣に住んでいる里美が一緒に通学してきている。愛が下駄箱の蓋を閉めると同時に、柔らかく澄んだ声が二人を遠くから呼びかけてくる。


「二人ともおはよう、一時間目の小テストちゃんと勉強した?」


声の主は七恵であった。七恵は二人とは違う方角に家があるので、通学中には顔を合わせない、いつもはギリギリの時刻で登校する愛と、それに巻き込まれる里美に昇降口で合流するのは割と珍しい事であった。


「嘘でしょ!? 知らなかったよ、私教科書すら目を通してない!」


「こっちが嘘でしょだよ……昨日の帰りに勉強しておいた方がいいって愛には伝えなかった?」


「わ、忘れてた……やっばいな、一時間目だともうどうしようもなくないかな!」


 唐突なテストに驚く愛と呆れる里美、勉強があまり得意でない愛が、更に事前の対策も取らないとなれば散々な結果になるのは目に見えていた。


「まあ、昨日は色々あったことだし……」


 七恵が不意に昨日と口に出したとき、三人の言葉が詰まる。口外しないと決めた以上、公に話す話題ではないし、あの時の恐怖が蘇るような気がしてどうにも言葉が出ない。


「え、えっと……教室に着いたらノート見せてあげるから、それで対策しよう?」


 気まずい空気を読み取った七恵が無理矢理に話題をテストに戻し、三人は教室に向かって歩き出す。いつもの三人、いつもの学校、なのになぜか昨日までとは全く違う空気を感じながら、教室の扉を開く。自分の席に向かうとき、愛は廊下側に座る龍二と目が合ったような、そんな気がした。




 午前の授業が終わって昼休み、愛達のクラスである2年A組の教室の中は、眠くなって仕方のない古文の授業から解放された生徒たちで賑わっていた。それぞれ友人同士で集まり、昼飯を生徒たちが食べ始める。その中には一人教室の隅で、前もってコンビニで買っていたカレーパンを食べる龍二の姿もあった。一口目が喉を通り、二口目を食べようかと龍二が思っていると、そのすぐ傍にいつもの三人で昼食を食べようとしていた愛の姿がひょっこりと現れる。


「ねぇ龍二君、一緒にお昼食べよー?」


 屈託のない笑顔で急に昼に誘いに来た愛、とそれを完全に無視してパンをかじり続ける龍二。興味は食べている激辛カレーパンに完全に向いている。


「……無視!?無視なの!?おーいちょっとは返事しろやい!」


 カレーパンと龍二の顔の間に手を振ってアピールする愛、すると食べるのを邪魔された龍二が静かに怒り出した。


「邪魔だ」


「いーじゃん一緒に食べようよ!昨日の放課後のお礼にさ、なんかおかず一個あげるよ!ね?ね?ねえってば!」


「昨日の放課後の事など知らん、付きまとうな」


龍二は、愛に正体がほぼバレていたとしても、無関係を装うつもりらしい。しかしその白々しい演技は愛の悪戯心に火が付くだけであった。


「今更しらばっくれるつもりなのー?私は、ただ仲良くしたいだけなんだけどなー」


 後ろから愛が龍二に急接近、両手を肩に乗せて、いたずらっぽく顔を近づける。ほんのり暖かくて柔らかい手の触感に、髪からは少し甘いシャンプーの心地よい匂いが龍二の鼻をつく。女性との接触がまったくと言って無い龍二にとって、それは動揺を誘い、自らのペースを乱されるには十分すぎた。


「きゅ、急に何をする! 大体、関わるなと言ったはずだろ!」


 突如大声を出して飛び上がり、椅子を蹴飛ばしながら、動揺をあらわにする龍二。賑やかだった教室に周りの生徒たちの驚きの静寂が走る。しかし愛はその言葉を待っていたかとばかりにニヤリと口角を上げて笑う。


「そんな事、龍二君には言われてないけどなぁ……ボディタッチで動揺するなんて、迂闊だねぇドラゴンさん」


 一本取ったと得意げな愛に、息を荒げながら悔しげに口ごもる龍二。そのせいでカレーパンの辛さが口の中に充満して、悔しさも倍増する。


「これはもう決まりだね、おーいサトミーン! ナナちゃんもこっちで食べよう?」


 手を振って二人に合図する愛、言われるままに弁当を持ってやって来た二人だが、その先に昨日の騒動の渦中かもしれない人物がいるとなれば、困惑の表情を浮かべるしかない。


「ちょっと愛、まだ首を突っ込むつもりなの?これ以上は本当に危ないって」


 里美が龍二に聞こえないように、ひっそりと愛に耳打ちした。


「昨日の事は別件だって、ただこれはねぇ……私が龍二君に少し興味があるだけなの」


 愛が耳打ちを返し、再びニヤリと口角を上げる。こう言えば里美は勝手に、苦手な恋愛の事だろうと思い込んでたじろぐことを知っていて叩いた軽口だったが、その内容に嘘偽りがあるわけでもなかった。


「興味ってど、どういう事!愛がそういう異性に興味とかそういうのはまだ早いって言うか、高校二年だって言ってもその――」


 それを聞いた里美が、顔を瞬時に耳の先まで真っ赤にして目を見開き、たじろいでいた。


「まーた何想像してんだかサトミンってば、冗談だってば、食べよ食べよ!」


 里美があたふたしている内に、愛が近くの椅子を龍二の机の前に移動させて、机に弁当を広げる。手を合わせていただきますと笑顔を見せると、ごま塩の振りかけられた白米を頬張り始めた。


「そうだそうださっき一個あげるって言ったから、うーん……プチトマトあげる!」


 あーんと口を開けながら、プチトマトを器用にも箸で掴んで龍二の口の前に持ってくる。


「いらん!」


それに対して龍二は頑なに口を閉じ、首を振って断固とした拒否をする。しかし愛はそれでも自分のペースに龍二を乗せようとすることをやめない。


「えー龍二君トマト苦手なのー?」


「違う、詮索するなと言っただろう!」


「そんなことも言われてませーん」


「こいつ、また!」


 昨日の出来事がありながらこのようにいつもの調子な愛を見て、朝からいつもとは違う空気や心のズレがどこかに吹き飛ぶ里美と七恵、それに、先ほどまでは得体の知れない相手だった龍二が、愛に手玉にされているのを見ると、今までの畏怖の対象がどこか人間味のある相手に見えてくる。二人も空いている椅子に座って近くに集まると、昼食を食べ始める。


「まったくもう、トマト苦手なのは愛の方でしょ?」


「苦手なら、私食べるよ?」


 くだらないけど賑やかな昼休みの光景。そんな中に龍二が仲間に入った事に、愛はなんだか嬉しさを覚えていた。龍二とはまだ少し仲良くなれたとは言い切れないけれど――願わくば、ずっとこんな時間が続きますように。

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