第6話 BENTO①

 入学前に読んだパンフレットによれば屋上はちょっとした公園のように整えられているそうで、ちょっと期待していた。


 川舞高校の偏差値はそれなりだが、一方で新しい設備や、女子は可愛らしく男子は品のある制服、そして自由な校風――。これらを目的にした入学希望者は多いらしい。



 しかし防風フェンスに囲まれているとは言え、屋上は風が強い。


 パンフレットには高名な建築家に設計させたと得意げに書いてあったけれど、その腕を持ってしても海と山に挟まれたこの土地で風を制御することまでは叶わなかったようだ。



「ここでいいか?」



 俺は適当に周囲を見回して、空いたベンチの前へ行って言う。


 パタパタとはためくスカートを軽く手で抑えながら、ソフィは「うん。屋上、いいところ。海も見える」と言った。


 いつもと変わらない笑顔で楽しそうにしている。海に囲まれた島国育ちってところは、変わらないか。



 しかし女の子と二人きりで昼飯――なんて、初めてだ。変に緊張する。


 できるだけ自然に、女の子と一緒に昼飯を食べるなんて別に珍しいことじゃないですよ、という風に装って、俺はベンチに腰掛けた。


 次いで妙にソワソワして落ち着かない手で、横に置いた弁当箱を開ける。



「――ケイタの弁当は、コノミが作ってるのかな?」


「あー……、これは心乃美このみではなくて……」



 ひょっとしてチサのこと、ソフィは知らないのかな。もし知らないとすれば下手に言わないほうがいいのかもしれない。


 ……いや、別に隠すような話ではないのか?



監督ボスは料理ができないと聞いたよ。――へえ。意外と『可愛い』が好きなんだ、ケイタって」


「……ん?」



 俺は自分の弁当箱を確認する。


 黒ごまで可愛い目を表現したタコさんウインナーに、うさぎ型にカットされたこれまた可愛いリンゴ。


 家に常備してあった冷食のミートボールは弁当用で最初から無機質な竹串に二個ずつ刺さっているのだけれど、それをわざわざ外してプラスチックでできたハート型の串に差し替えられている。


 卵焼きは薄い層が重ねられていることがわかる断面が本格的で食欲をそそる。しかしネコさん型に切られていて、細かい海苔使いで顔まで描かれていた。



「ちょっ、いやっ、これは……あの!」



 チサの女子力高いな! ビビるわ!



「なにも恥ずかしがることはないよ。――でも、私の弁当のほうが日本風だと思う!」



 見るとソフィの弁当は、白飯に梅干し、そして太い焼き鮭――。


 ほとんど赤と白で構成されていて、確かに日本風というか何というか……。


 男らしい。


 言わばガテン系の印象で、可愛らしさの対極にある。



「その――――実は……」


「ん、どうしたの?」



 不思議そうに見詰めるソフィの顔を見ると、また妙な緊張が高まる。


 しかし、よく考えれば隠す話でもない。


 ソフィは親父や心乃美、チサとも直接会話を交わすわけで、隠すまでもなくどうせバレるのだし。……じゃあさっき取り繕うとしたのは、なんだったのか?


 どうだろう。俺は何を隠したかったんだろうか。『チサに作ってもらった弁当』という、ただその一点だけを隠したかったのかな。なんとなく、照れくさいから。



 俺はソフィにチサ――寺本てらもと千智ちさと――の件を説明した。



 ありのままを、事実の通りに伝えるだけ。


 すると屋上の風に当たって少し冷えたからか、それとも緊張なのか、どちらにせよ僅かに震えていた唇が打ち明けていくうちに落ち着いていき――震えを治めていくのを感じた。



「……なるほど! つまりそれは――――――――愛妻弁当?」


「どう解釈したらそうなるんだ!?」


「話を聞いていると、まるで新婚夫婦のようだよ。二人で早起きして、弁当を作ったなんて…………。いっそ夜なべして、子供も作るとか?」


「お前とんでもない言葉ぶっ込んでくるな!! 相手何歳だと思ってるんだ!?」



 ああもう、なんだよこの流れ。ソフィ、ひょっとして冗談を言っているつもりなのか。それにしても悪質だぞ。親父達より酷いかもしれない。正直ドン引きだ。



「ケイタとチサトは似ているよ。夫婦が似るのは万国共通じゃないかな」


「夫婦じゃないけどな。――――って、俺とチサが似ている……?」



 会話の流れに置いていかれてしまいそうな言葉を、なんとか掴み取った。


 でも俺とチサとの共通点なんて、そんなに思いつかないけどな。


 なんだろうか。



 …………サッカー?



「似てるよ」


「具体的には?」


「冗談を冗談と受け取れないところとか」



 くそう。



「――一度目標を定めると、それ以外のことが全てどうでもよくなるところ…………とかもね。二人とも素直で真面目だよ」



 まあ、その言葉をチサに当てはめることはできるだろう。


 なにせ瀬崎せざき結衣ゆいに憧れるばかりに、親元を離れたぐらいだ。


 正直に言って普通の思考回路を持つ人間ならば、もしくは一般程度に自分を客観視して冷静でいられる人間ならば、きっと、その選択には辿り着かない。



 けれども、自分に当てはめるとしたら――?



「十二歳で単身留学、中々できることじゃないよ」


「そう言われると、まあ……」


「誰も見てなくても、ずっと練習してた」


「否定はしないけどさ」



 ……誰も見てないのに、なんで知ってるんだ?


 しかしその結果が今の状態だ。似ているなら、チサには同じ道を歩ませたくはないな。



「ソフィはケイタの努力、一杯、いーっぱい見てきた!」


「俺には才能がないからな。努力するしか取り柄がないんだ」


「努力する才能だよ!」


「…………ははっ。結果、オーバートレーニングでこの様だ。努力した結果、努力出来なくなるなんて、滑稽だよな」



 俺は両手を広げて、少し大袈裟にやれやれと嘆息して見せる。


 するとソフィは眉根を寄せて、頬を膨らませた。



「そんなの、ケイタらしくないよ!」


「事実だろ?」


「ケイタ、イギリスに来てずっと頑張ってた! 誰も見てないところでもずっと練習してた! 今の怪我だって、治った頃にはきっと、もっと、ずーっとパワーアップしてる!」



 力を籠めて言う姿は、本気で思っていることをストレートにぶつけに来ているように感じられた。



「――――全く。お前も真面目じゃないか。ちょっと自虐的になってみただけなのに」


「冗談でもネガティブになりすぎるの、ダメ!」



 顔をグッと近付けて怒ってくる。



「わかった。わかったから」



 でも、ソフィの言うとおりかもしれないな。



「ほんとに、これだからケイタは、ほんとに……」


「悪かったよ」



 俺は両手を合わせた謝った。


 そもそも、ソフィは説得しに来てるんだった。なのにあんなこと言っちゃ、怒られて当然だ。

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