第2話 チサを迎えて、食卓
正方形のテーブルを四人で囲む。
最近は三人だから忘れていたけれど、このテーブルは四人で囲むには、ちょっと小さいんだ。
でも母さんが亡くなって欠けていたところが埋まったような感じもして、久々にテーブルを小さく感じたことが嬉しくもあった。
「チサちゃんごめんね。うち、いつも
後輩と喋る妹を見るのは初めてだけど、普段よりは若干、大人っぽく振舞うんだな。
「いえっ、そんな――」
そして
「うち、母親がいないから、帰りが遅いといつもこんな感じになっちゃって」
「……は、はい。事情はお父さんから、聞きました……」
チサの言葉の後、無言で時間だけが流れる。
…………おいおい。恐ろしく湿っぽい雰囲気になってるぞ。
この空気で出来合いの食事を口にするのは嫌だ。折角埋まった気がした侘しさが復活するどころか、五割増しになる。
「――普通、母親のいない家庭だと娘が料理上手になったりするもんだけどな。親父のせいで叩き込まれたのはサッカーばっかり。そのせいで心乃美は、料理なんてま――ったくできない、残念な子になってしまったんだ」
だから俺は空気を変えようと心乃美や親父に話を振る。するとすぐに、心乃美が反応してくれた。
「お兄ちゃん酷すぎぃ」
「そう思うなら味噌汁の一杯ぐらい作れるようになれよ。……ま、最近は俺が作ることも多いんだけど。コーチやってると心乃美より遅くなるからな。練習日はちょっと難しそうだ」
「でもね、お兄ちゃんが帰ってきてからは、ご飯がまともになったんだよ」
練習時間は午後八時まで。それから備品整理や練習の総括をして――となると、いくら家が近いとは言え帰宅は八時半を過ぎてしまう。
そうなると出来合い……。帰宅途中にあるスーパーの惣菜や今日のように買い置きの冷凍食品が中心になって、食卓に並ぶことになる。今日のように登校日と練習日が重なると尚更だ。
「んー……このままじゃマズいよなあ。通信制だしできるだけ登校しない――か、俺がもうちょっと朝早く起きて焼くだけのものを仕込んでおくとか。そうするしかないかな」
いくらなんでも十二歳の少女を任せられた家がこんな環境では、親御さんに申し訳が立たない。
そこのところ、親父はどう考えているのだろうか。
「なあ、おや――」
「わ、私も一緒に作ります!」
話を親父に振ろうとしたところで、思わぬところから声が鳴った。
「あの……、その、お父さんに言われているんです。『お世話になるからには、家事の一つぐらい手伝いなさい』って。それに、私、お料理は好きだから――」
なるほどね。親父の親友と言うから同じように脳がサッカーボール型に五角形貼り合わせかと思っていたけれど、しっかりした親御さんだ。
「そっか――。じゃあ早速、明日からやってみるか」
「はい!」
明日は『早く日本の授業を経験したい』というソフィに付き合って、登校する予定だ。
けれど女子チームの練習日ではない。もし上手くいかなかったとしても、時間の余裕があって取り返しがつくから、チサに変なプレッシャーを感じさせずに済むだろう。朝は時間が限られているから慌ててしまい、失敗しやすい。
「そういや、チサの通ってる中学って――」
プロフィールシートに書いてあった。
「心乃美先輩と同じ、中等部です」
川舞学園には幼稚舎から初等部、中等部、高等部までがある。心乃美は中学からの受験編入組。俺は、高校からだ。
「じゃあ、朝は一緒に出られるのか」
校舎は隣り合わせで、正門は一つ。
同じ時間に同じ場所へ向かうというのも、何かと都合が良いだろう。
夕飯の仕込みに併せて朝食も準備するから、家を出るタイミングが違うと混乱しそうだったのだけど。その心配はしなくて済む。
しかしやはり、客人に――という気持ちは拭い去れない。
一方で俺の提案に返事をしてからのチサは、やけに嬉しそうにしている。ただ世話になるよりもこういう頼み事を引き受けたほうが気が楽になるっていう経験は、俺にもある。とりあえず中学で親元を離れたという経験に関しては共通するものがあるし、コーチと言うよりも人生のちょっとだけ先輩として、チサのことを理解できればと思う。
ここは俺のほうが客人に――などと考えすぎないほうが良いのだろう。
それにしても、にこにこと、明日を楽しみにしているのが目に見えてわかる表情だ。本当に料理が好きなんだな。
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