第57話 生物は冷蔵庫へ

「あれ? 生物?」


 はじめに間違いに気付いたのは、荷物を改めようとしたしいかだった。覚えたての文字を読むことが楽しくて、小さなものまで目を皿のようにして見ていたのだ。だから、荷物の名称の欄に手書きされていた『生物』という文字に、自然に目がいっていた。『生物』。しいかは『ナマモノ』と呼んだ。


「ま、木は腐りやすいってことっしょ!」


 まことが、まことなりの解釈を添えて言った。何でもソツなくこなすまことだったから、皆が納得していた。


「じゃあ、冷蔵庫に入れなきゃだね!」


 まりえも楽しそうにそう言った。自分が頼んだ荷物が届いたのだから、嬉しくて仕方ないのだ。


 だが、太一が荷を解き中を確認すると、それは、とんでもない、ナマモノだった。


「金魚!」


 水が入っているビニル製の袋を見ただけで、直ぐに分かった。このときになって、まりえが『金魚が描かれた絵馬』ではなく、『金魚』を発注していたことが分かった。ご発注だ。太一は、ビニル袋を1つ1つそっと取り出し、確認した。出目金・地金・土佐錦・頂天眼など、どれも珍しいものばかりだ。だが同時に、鰭に切れ目があったり、多少背中が曲がっていたりといった欠陥を持っていた。俗に言う『はねっこ』と呼ばれる選別から外された金魚の寄せ集めだ。


「あれあれ、あれれれれー! どうして金魚なのかしら……。」


 発注ミスをしたという自覚がないまりえは、ただただ狼狽えていた。それに対して、太一の行動と指示は、迅速かつ的確だった。


「この子達を直ぐに冷蔵庫に入れて!」

「は、はい!」


 太一は語気を強めた。だから、まりえもまこともしいかも、優姫ですら迅速に行動した。冷蔵庫に元から入っているモノをサーッと取り出して、40匹もの金魚が入っているビニル袋を、暗くて冷たい冷蔵庫の中に押し込んだ。


(な、なんて酷いことを……。)


 何も知らないまりえには、太一が金魚を虐待しているようにさえ思えた。しいかだけは、太一が考えていることを理解していたが、他の巫女たちもまりえと同じようなことを思っていた。このことがあって以来、光龍大社にはギクシャクとした空気が立ち込めるようになった。

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