伝説との戦い その三

 しかし、今の霧生に策がないのも確か。どうにかしなければ仲間にはできないが、その方法がない。[リバース]のチカラが通じないのでは、敗北は避けられないのだ。

 だが霧生は少しも心を乱さない。霧生には[リバース]しかいない。だからそのチカラは十分把握している。伝説の式神に通じるように応用させるだけだ。

 そこら辺の岩を、鷹に変えた。地面からは溶岩があの式神の任意のタイミングで噴き出してくる。ならこの狭い空間でも、飛行すれば…。

「行け!」

 鷹は伝説の式神めがけて飛ぶ。

「愚かな」

 今度は地面から、火山弾が飛び出した。それは鷹の頭を正確に撃ち砕いた。当然鷹は岩に戻るわけだが、さっきまで飛んでいたものが、元に戻った瞬間に真下に落ちるわけがない。

「ぬわぅ!」

 岩は、伝説の式神に直撃した。一瞬反応に遅れたのだ。

「よし。まずは一撃!」

「人の子め。我を傷つけようというのか…?」

「そうしないと俺たちのことを認めてくれないんだろ?」

「馬鹿者め! 我が人の子を主人とするわけがない。ここで砕け散るがいい!」

 伝説の式神は怒っている。だが霧生は、これは逆にチャンスだと感じた。怒りに任せた攻撃は激しいであろうが、冷静さを欠けば隙だらけだ。

(あの式神は[ディザーブ]並みにパワーがある。それを利用しよう)

 霧生は作戦を考え、実行に移した。

「おい霧生! 自殺行為だぞ、何をやっているんだ…!」

 ハイフーンが驚くのも、無理もない。霧生はなんと、伝説の式神に近づいて行く。[リバース]の腕を掴んではいるが、手には他に何も持ってはいない。

「人の子…死ぬがいい!」

 伝説の式神は、力任せに突進をした。だがそのスピードは、[リバース]が捉えられないほど速いわけではなかった。霧生は[リバース]ごと、横に移動してこれをかわした。すると伝説の式神は壁に突っ込んだ。

「自滅したか…。やはりこうなると思っていたぜ」

 だが、安心するのはまだ早い。伝説の式神が、ヒレを波打つように動かしているからだ。

(まだ動けるのか…。だが今、頭は壁にめり込んでいる。[リバース]のチカラを使う!)

[リバース]に命じ、ヤシガニを生み出した。移動速度は遅いが、伝説の式神の方はまだ、壁から抜けれていない。今の内にヤシガニを運んで、式神の尻尾をハサミで挟ませた。

「怪力バサミは、ライオンの顎の力に匹敵するらしいぜ。人が挟まれたのなら、指は諦めないといけないレベルだ」

 その力が、式神にも通じたのだ。尻尾を傷つけると、伝説の式神が暴れ出した。そして壁から抜け出ると、大きな声で、

「人の子の分際で、よくも我に傷をつけたな? 痛みを味あわせたな? 覚悟するがいい!」

 と怒鳴った。思わず霧生は距離を取る。今のでさらに怒ったようだ。

「このカニか、我を傷つけたものは」

 次の瞬間、ヤシガニに向けて伝説の式神は触手を振り下ろした。それは触手自体が地面にめり込むほどの威力で、当然ヤシガニは原型を留めないほどに破壊された。

「………どうやら、チマチマ攻めるのは得策ではないらしいな。一気にねじ伏せないといけないのか……」

 だが、完全に破壊してしまえば仲間にすらできない。かと言って中途半端な攻撃は通じない。しかも伝説の式神のチカラは強力…。

 つまるところ霧生は、全力を出すことも手加減することもできないのだ。

「くらえ、人の子よ!」

 今度はヒレで攻撃をしかけてきた。波打つヒレがすれ違いざまに霧生を切りつけた。一歩下がって避けられたが、制服には大きな切り込みを入れられた。

「ヤバいな…。これほどまでとは、全く予想していなかったぜ」

 再び地面が、地響きとともに揺れ始める。この強い揺れに足が耐え切れず、霧生は跪いた。

「人の子よ、動けぬだろう? 立っていられないであろう? それでは避けられぬであろう」

 悠々と迫り来る伝説の式神。触手を振り下ろす気なのだ。

「うぬぬ…!」

 顔を上げると、鍾乳石がグラグラと揺れている。それは天井の揺れと一致していない。伝説の式神はそれを霧生に向けて落とす気なのだ。

「終わりだ!」

 触手と鍾乳石が同時に霧生を襲った。

「……!」

[リバース]が動いていた。霧生を自分の背中に乗せると、安全な場所まで飛んだ。

「助かったぜ、[リバース]!」

「ギルルルル…」

 言葉を話せない[リバース]だが、意思は霧生に伝わった。

「戦うのか? あの式神と? それは無茶だ。勝てないかもしれないんだぞ! お前を失うわけにはいかない…」

 だがここで逃げるわけにもいかないことは、霧生が一番わかっていた。根負けしたした霧生は、[リバース]に全てを賭けることに決めた。


[リバース]と伝説の式神が睨み合う。その威圧感は尋常ではない。


「[リバース]といったか…。式神よ、なぜ人の子の味方をする? 何がお前にそうさせる?」

 一人歩きしている伝説の式神からすれば、理解に苦しむことなのだろう。だが[リバース]からすれば、霧生に使えない理由はない。

「そうか。召喚師なら式神のチカラを存分に発揮できると? だが我の考えは違う。人間は愚かだ。争いしか生み出さん。そして過ちから何も学べやしない、いや、学ぼうとすらしない」

 その主張を聞いている霧生の耳は痛かった。智代が前に言っていた、伝説の式神のルーツ。それを考えると、どうして頑なに人の言うことを聞き入れないのか、想像に難くない。

「霧生。[リバース]は何と反論しているのだ? 私にはわからないのだが…?」

「俺だって理解できないさ」

 本当は、わかっている。[リバース]の主張は、式神と召喚師との絆のことだ。絆があるから自分は召喚師に使え、そして召喚師は式神を操り、チカラを最大限に引き出す。

「式神よ、もはや話していてもラチがあかない。絆が存在すると言うならば、我に勝って証明して見せよ!」

[リバース]が雄叫びを上げて飛び出した。爪で、牙で、伝説の式神を攻撃する。だが伝説の式神も、その程度の攻撃で根を上げるほどヤワではない。二本ある触手で[リバース]を掴むと、地面に叩きつけた。

「ガウッ!」

 式神の素の力量では、[リバース]の方が負けているようだ。だがスピードは僅かだが、上回っている。現に伝説の式神が勢いをつけて突進しようとしたが、紙一重で[リバース]はそれをかわした。頭ごと地面に突っ込んだ式神の隙をつき、[リバース]が牙で喰らい付く。そして伝説の式神の触手を避けながら、ほんの少しの隙を狙って、爪で切り裂く。

「式神よ…。その程度か。所詮は絆など、ちっぽけなもの。我にそんなもので勝てるわけがない!」

 伝説の式神が、地面から溶岩を噴き出させた。溶岩は赤い柱のように盛り上がり、[リバース]の軌道の邪魔をする。驚いたことに伝説の式神は、溶岩に触れても平気らしい。[リバース]めがけて真っ直ぐ突き進んでくるのだ。

「式神…。貴様の敗因は、召喚師にこだわったことだ。壊れてしまうがいい」

 そう言って[リバース]の腕をねじ切った。

「ガウルルルル!」

「痛いか? だがすぐに楽にしてやろう」

 伝説の式神は、トドメを宣言した。しかし突然、何かが伝説の式神の飛び出している目を覆った。

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