第123話 突然の呼び出し
大学の最寄り駅から数駅行ったとある駅で、俺は藤野と待ち合わせている。
しばらく待っていると、藤野が改札口に姿を現し、急ぎ足でこちらへと向かってきた。
「ごめんね、待たせちゃって」
「いや、大丈夫だ」
挨拶も手短に、俺達は足早に歩き出す。
「それで……結果はどうだったの?」
「まだ分からない。『家に来て欲しい』って言われただけだから」
俺達は歩いたまま話しつつ、彼女の家へと向かっていく。
駅から十分ほど歩き、もう何度目だろうかという、見慣れた彼女の家に到着した。
階段を駆け上がり、201号室のインターフォンを素早く押す。
しばらく待っていると、部屋の中からバタバタと足音が聞こえてきて、カチャリと扉が開かれた。
「西城さん……来たよ」
西城さんは、俺と藤野がいることを確認すると、どうぞと一言だけ言って、家の中へと俺たちを招いた。
俺はもう幾度と訪れている西城さんの都内の一人暮らしの家。
しかし、藤野にとっては初めての西城さんの家とあって、少し緊張した面持ちで玄関へと入る。
「ごめんね、帰ったばかりで片付いていないけど」
そう言う西城さんの部屋には、毎度ながらトランクが開けっ放しで無造作に置いてあり、衣類などが散乱していた。
俺はもう慣れてしまったからいいけれど、藤野からしたら片付いていない部屋に男の人を入れること自体に驚いているようだった。
「ちょっとお姉ちゃん。もうちょっと片づけた方がいいんじゃ……」
「うん、後でする」
藤野の忠告も気にした様子もなく、西城さんはキッチンでお茶を汲み始める。
俺の方に視線を向ける藤野に対して、俺は何も言わずに苦い顔だけを浮かべておいた。
藤野はお気に召さない様子ではあったが渋々ローテーブルの前に着席する。
「ごめんね、こんな夜遅くに集まってもらっちゃって……」
申し訳なさそうに西城さんが言いながら、お茶を出してくれる。
「いやっ……それはいいけど……」
至極落ち着いた様子の西城さんを見て、結果を聞き出すのも憚られて、ただ西城さんが正面に座る仕草を眺めていた。
「さてと……」
西城さんが座り、気を取り直したように、居住まいを正す。
俺達も、知らず知らず身を引き締め、西城さんの答えを待つ。
「えぇっと……」
しばし間を取った後、西城さんは深々と頭を下げた。
「何とか無事に話し合いを終えられました。ありがとう」
西城さんから出た突然のお礼に、俺と藤野は思わず顔を見合わせてしまう。
「ええっと……それってつまり……」
俺が確認するように尋ねると、西城さんは少し頬を染めつつ答えた。
「無事に、現状のままということで……再婚はなくなりました」
その言葉を西城さんの口から聞いて、俺はふっと綻んだ。
「そっか……よかったな……」
「うん……」
「びっくりしたぁ……お姉ちゃんが急に厳かになるから、もしかして交渉決裂したのかと思っちゃったよ……」
藤野が安堵したようにほっと胸を撫でおろす。
まあ確かに、さっきまでの西城さんの居住まいの正し方は、確実に悪い結果を知らせる時の雰囲気だったもんね。
「あはは……ごめんね春海ちゃん」
「でもよかった……これで、私たち。今まで通りの生活が出来るんだね」
「うん……」
二人は、何か噛みしめるように嬉しそうな表情がにじみ出ている。
彼女たちのそのどこか安心したような表情を見れただけでも、自分が行動した甲斐があったと思う。
「羽山くん……」
「羽山」
二人は同時に俺の方を見つめて、似たような笑みを浮かべた。
「本当に、ありがと!」
「ありがとうね!」
その笑顔は、半分血のつながった姉妹であることを象徴するかのような、可愛らしくて美しいものだった。
「いやっ……俺がお礼を言われる筋合いは……」
「ううん。多分羽山くんが行動を起こしてくれなかったら。今頃私たち、ただ指をくわえて現実を受け入れることしか出来なかったと思うの」
「羽山がこうして私たちを巡り合わせてくれたことが、この結果につながったんだよ!」
「……ま、まあ、二人がそう言ってくれるのなら、ありがたく受け止めるけどさ……」
にしても、初恋の女の子と、今……気になっている女の子。
しかも、半分血の繋がった姉妹から言われると、むず痒くて仕方がない。
まあともかくとして、これで西城さんの家庭問題はひとまず解決した。
最後まで一緒に解決してあげられなかったという劣等感はなく、長い長いトンネルを抜けたような開放感と達成感と安堵感が入り混じった不思議な感覚になっていた。
けれど、まだ完全に役目を終えたわけではない。
西城さんから頼まれたタスクを、俺は無事に遂行して終えなくてはならないから。
だとしても、今日のこのときだけは、少しこの達成感と高揚感に浸って居ようと思った。
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