第114話 藤野の実家

 バスが目的地へと到着して、俺と西城さんはバスを降車した。

 福島にあるとある城下町。


 都内と違い、自然豊かな山々に囲まれた盆地。

 山々から吹き下ろす風が、都内よりも俺達の肌に鋭く辺り、凍えさせる。


 天気もどんよりとした曇り空で、どこか秋を通り越して、冬の始まりを予感させるような肌寒い陽気だ。


 バスターミナルの待合室には、見覚えのあるシュルエットが出迎えてくれる。


「羽山、お姉ちゃん!」


 藤野春海は、いたって元気そうな甲高い声で手を大きく振り、こちらへに向かってきた。


「よっ、藤野。一週間ぶりだな」

「こんにちは春海。お待たせ」

「ううん、私も今来たところだから全然待ってないよ!」


 西城さんがお姉ちゃんだと認識してから会うのは二回目だというのに、藤野は人懐っこい様子で西城さんの手を掴み、屈託のない笑顔を向けている。


 藤野の甘える仕草に、西城さんは少し戸惑いつつも、ふっと柔らかな笑顔を返す。


 傍から見ていると、ただの仲良し姉妹の微笑ましい久しぶりの再会とも捉えられる。

 しかし、現実の内情はとてつもなくかけ離れていた。

 今から、それを克服ないし破壊しに行かなければならない。

 周りにいる人たちには、誰も想像もみないだろう。


「それじゃあ、早速向かおうか!」


 西城さんの手を引いたまま、藤野は踵を返して歩き出す。

 藤野のステップを踏む足取りは、今から再婚取りやめを説得しに行く様子には全く見えない。


 でも、藤野のおかげで、先ほどまでのどこか煩わしい空気感は何処いづこへと消え去り、俺の心の中には、決意に籠った熱い情熱がたぎり始めていた。



 ◇



 バスターミナルから出発する路線バスへと乗り込み、揺られること二十分ほど。

 降車したバス停の周りは、先ほどまでの城下町の雰囲気は微塵みじんもなく、山間やまあいにあるふもとの、田園風景広がる田舎町へと変貌をげていた。


「こっちだよ」


 バスを降りるなり、藤野は早速先導を切って自宅まで案内を始める。

 俺達もそれに続いて、田園風景広がる道を歩いていく。


「西城さんの実家がある場所とは、また随分と違うよそおいだね」

「まあ、地方の町なんてそんなものだよ。中心地にお店とか商業施設は全部集まってて、車で十分も行けばみんなこんな感じだし」

「そういうものなのか」


 俺の家庭は、両おばあちゃんの家が都内にあるため、一般的な帰省する田舎が無い。

 改めて、日本の地方都市事情を西城さんに教えてもらった。


 しばし歩くと、先導していた藤野は、脇道へと逸れる。

 舗装されていない砂利道の前方に、集落の一角の家々が見えてきた。


 あの辺りのどこかが、藤野の父親が住んでいる住宅らしい。


 ついに、決戦の時間が迫ってきて、先ほど覚悟して決めた決意と共に、高速バスの中で覚えていた緊張感が、また身体の中に這い戻ってくる。


 緊張した面持ちで歩いていると、角を曲がったところで藤野が立ち止まり、こちらを振り返った。


「ここだよ」


 藤野が手で示す方へ目をやると、そこには昔ながらの平屋建てで木造二階建ての民家が厳かに佇んでいた。

 自然の中でも立派に生きながらえている家を見て、ふと藤野春海が以前住んでいた今はボロ屋敷となってしまった家を思い出し、どこか似つかわしい感じを覚える。


「それじゃ、行こうか」


 呆然と立ち尽くしていると、藤野が俺たちを促すようにして玄関へと歩き出す。

 俺と西城さんは顔を見合わせて、意を決したように頷き合うと、一つ息を吐いてから藤野に続いた。



 ◇



 玄関の門戸をガラガラっと藤野が開け放ち、俺達を玄関へ招き入れる。


「お、お邪魔します……」

「し、失礼します……」


 ペコペコ頭を下げつつ、門をくぐる。

 三人いても余裕で空間が余っている広い玄関だった。。


「さ、上がって、上がって」


 藤野に促され、俺達はチラチラと辺りを見渡して戸惑いつつ、靴を脱いで家の中へお邪魔させてもらうことにした。


「お父さん、連れてきたよ!」


 藤野は、長い廊下の先へ声を掛けると、「はーい」と一人の男性の声が聞こえてきた。

 すると、奥の廊下から白髪交じりの眼鏡を掛けた中年の男性が姿を現す。


 多少のしわやシミはあるものの、元気がよさそうな若々しい父親という印象を受ける。


 藤野春海の父親は、玄関の前まで来ると、にこやかな笑みで俺達を出迎えてくれた。


「遠い中、足を運んでいただいて申し訳ない。私が春海の父の、藤野敏樹ふじのとしきです」

「はっ、初めまして、羽山弥起はやまやおきと申します」

「さっ、西城美月さいじょうみつきです」


 俺達が挨拶を交わすと、敏樹さんは西城さんを一瞥して、微笑ましいような優しい表情を浮かべる。

 だが、それも一瞬のことで、すぐに真剣な表情へと戻して、俺達を手招いた。


「さ、玄関で立ち話もなんですし、こちらにどうぞ」

「あっ……はい」

「入って、入って!」


 敏樹さんは踵を返してスタスタと母屋の中へと向かって行ってしまう。

 俺と西城さんも、藤野に促されれ、母屋の長い廊下を歩いていく。


 ついに、一世一代の説得が始まろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る