第113話 決戦の日
都内は、からっとした秋晴れで、少し肌寒さ感じるような陽気だ。
俺は都内で最も待ち合わせが難しいともいわれている都内のターミナル駅新宿の近くにあるバスターミナル。バスタ新宿で西城さんと待ち合わせをしていた。
待合室のベンチに座って待っていると、視線の先で二本の足がこちらを向いて立ち止まっているのが見えた。
顔を上げると、西城さんがニコやなか笑みで手を振ってきた。
「おはよう、羽山くん」
「おはよ、西城さん……」
挨拶を交わして、西城さんは俺の隣の空いている席へ腰かける。
西城さんが座ると、荷物を膝の上に置き、視線を俯かせて、ぼそっと呟いた。
「やっとだね」
「あぁ……やっとだな……」
明確なことは言わなくとも、何についてのことかは、わかりきっている。
今日と明日、俺と西城さんと藤野の三人は、遂に決行日当日の朝を迎えていた。
今から俺と西城さんは、高速バスに乗って、福島へと向かう。
そして、到着した午後に、まずは藤野のお父さんに会う約束を取り付けている。
待合室は、休日ということもあってか混雑しており、空いている席はそれほど見受けられない。隣同士で座れたのが案外ラッキーだったのかもしれない。
「羽山くんさ、本当によかったの? その……こんなことして?」
西城さんが改めて申し訳なさそうに尋ねてくる。
俺は西城さんの方へ視線を動かし、ふっと破顔して微笑んだ。
「大丈夫、安心して。もう俺は逃げないし、決めたことだから……」
「そっか……」
俺の気合に気圧されたのか、西城さんは俯いて黙り込んでしまう。
また俺達の間に沈黙が続いていると、待合室に俺たちが乗る予定のバスが間もなくターミナルに到着するというアナウンスが流れた。
「そろそろ行こうか」
「うん、そうだね」
俺達は待合室の椅子から立ち上がり、バスの停留所へ向かって歩き出した途端、ふいにジャケットの袖を引っ張られた。
振り向くと、西城さんが少し戸惑った様子ながらも、意を決したように俺に真っ直ぐな瞳を向けて言った。
「頑張ろうね、羽山くん!」
その気合の
「うん! 頑張ろう!」
顔は自然とほころび、どちらからとでもなく、並んで歩き始めた。
俺達が乗り込んだバスは、乗客を乗せ終えるとすぐに出発して、甲州街道から首都高速に入り、そのまま一路北へと進んでいく。
バスの車内は、満席というほどではないものの、多くの旅行客などで混雑していた。
途中、いくつかの停留所に停車しながら、俺たちが降りる最後の目的地まで六時間ほどかけて進んでいく。
西城さんは、朝早かったこともあるのか、バスが動き出すなり、口元に手を当てて、大きな欠伸をする。
「眠いなら、仮眠とっててもいいよ?」
「へっ!? あっ……いや……大丈夫」
見られていたのが恥ずかしかったのか、西城さんは頬を赤く染めながら俯きがちに答えた。
しばらくトンネル内を走行し、代わり映えのない景色が続いていた。
西城さんが妙に静かだったので、チラと横目で見ると、虚ろ虚ろと首をコクリコクリとさせて、今にも眠りに落ちてしまいそうな様子だった。
それを見て、思わず苦笑いする。
「別に俺の前で見栄張る必要ないのにな……」
そんな独り言がこぼれ出た。
まあ恐らく、今までの関係性の変化もあって、どう俺と接したらいいのか分からない所もあったのだろう。
ここは、何も言わずにしばしの休息といたしますかね。
リクライニングを少し倒して、背かな背もたれにもたれて、目を瞑りしばしの仮眠
をとることにした。
◇
ガタっと少し下の方からの縦揺れを感じて、俺はぱっと目を覚ました。
気が付けば、トンネル内の暗闇をひた走っていたバスは、既に地上へと出ており、窓からは秋の日ざしが差し込んで、車内を照らしていた。
バスは順調に走行を続けて、車窓からは草木が生い茂った田園風景が広がっている。
いつの間にか、仮眠どころか熟睡していたようで、都内からは随分と距離があるところまで進んできたらしい。
すると、ふと肩の辺りに何やら重みを感じてチラりと横を見ると、俺の肩を枕代わりにして、西城さんがスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。
俺は一瞬ドキっとして、視線を窓の外に戻す。
もう一度チラリと西城さんの様子を覗くと、安心しきった様子で俺の肩に頭を預けて、心地よさそうに眠っている。
眠気は完全に吹っ飛び、自然と身体の全神経が左肩に集中してしまう。
西城さんを出来るだけ起こさないように身体を動かさまいと心掛けているうちに、バスはあっという間に関東を抜け出して、福島県内へと入っていた。
身体を動かさまいと努力した結果、逆に変な力が入ってしまったようで、全身身体がしびれたような感覚で、限界が近かった。
俺はそっと体勢を立て直そうと、腰を浮かして座る位置をずらすと、西城さんがモソモソと動いて目を覚ましてしまった。
「んんっ……」
そのくりっとした目を少し開いた西城さんは、しばらくぽーっと呆けていたが、俺と目が合うと、はっと驚いたように肩に置いていた頭を離した。
「あっ……そのぉ……ごめん……!」
「あっ、いやっ……別に、平気だよ……」
お互いしどろもどろになりながらも会話を交わして、気まずい感じに俯いてしまう。
何だが甘酸っぱいようなむず痒いような雰囲気が、お互いの間に流れる。
すると、ふと車窓の外に視線を向けた西城さんが、はっとした声を上げる。
「あっ……もうこのあたりまで来たんだ」
「うん、あと一時間もすれば、着くんじゃないかな?」
俺が相槌を打って答えると、西城さんは俯きがちに俺を見上げながら言葉を紡ぐ。
「ご、ごめんね……寝てばっかりで、肩まで借りちゃって……疲れなかった?」
「平気だよ。俺も途中まで寝ちゃってたし、問題ない」
実を言うと、肩にまだ力が入ったままなのか、じーんと痺れたような感覚はあるが、俺は懸命に手を胸のあたりまで上げて大丈夫だと手を振った。
西城さんはほっとしたように胸を撫でおろすと、少し照れたように口を開く。
「ありがと。実はね昨日の夜、いよいよかぁーって思ってたら、中々寝付けなくて……あまり眠れなかったんだ」
「そ、そうだったんだ。まあ、俺も似たようなものだったし。修学旅行が楽しみでなかなか寝れないような、あんな感覚のようなものでしょ」
「そうかもね」
西城さんはニコッと笑い返してくれる。
しかし、俺が例えで出した修学旅行のうきうきした感じとは全くもって違う。
恐らく、愉しさやドキドキではなく、緊張や恐怖と言ったような感覚に近いのかもしれない。
けれど、時は巻き戻ってくれることはなく、刻一刻と約束の時間は近づいている。
それと共に、俺と西城さんの言葉数も減っていき、俺達の間には、緊張感が高まっていった。
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