第76話 模試結果
私は、模試会場となる机に座った。
少し時間があったので、お手洗いを済ませてから、最後の追い込みへと入る。
この二週間、いやっ、ここまで真面目に勉強に取り組んできた。
問題ない。出来る……!
そう私に言い聞かせる。
「それでは、問題用紙を配りますので、筆記用具以外鞄の中に閉まってください」
私は深い深呼吸を一つして、気合を入れ直してから、単語帳を鞄へとしまう。
周りには、制服姿の受験生たちも多く見受けられる。
これから、彼ら彼女たちがライバルになる。そう思うと、何故だかみんな凄い頭がよさそうに思えてきてしまう。
って、ダメだダメだ!
私は、首を横にブンブンと振って自分に集中する。
しばらくして、私の手元にスーツ姿の若い試験監督が問題用紙と回答用紙を順に配ってくれた。
私は、持参した腕時計を見つけて、その時を待った。
「それでは、はじめてください!」
試験官の掛け声とともに、皆が一斉に問題用紙と回答用紙をめくる。
その後、氏名・受験番号を書く音がひっきりなしに聞こえてくる。
私は落ち着いて、氏名と受験番号を記入して、問題をざっと見る。
大丈夫、今までやってきたことを、やればいいだけ!
そう自分に言い聞かせて、問題へと取り組み始めた。
◇
俺は今、予備校サイトに上がった模試の答えと答案用紙を照らし合わせ、藤野が受けてきた模試試験の採点を行っていた。
その横で、藤野春海が不安そうな顔でじぃっとPCの画面を見つめている。
先ほど藤野春海が受けたトゥーシン模擬試験。これで3教科合計で180点以上取れているならば、約束通り3教科受験を目標に勉強を進めていくことになる。
俺は、最後の科目の採点が終わり、ふぅっと一息ついた。
「お、終わった?」
「うん、今から3教科合計点数合わせるからちょっと待ってて」
俺は、スマートフォンを取り出して、電卓を開く。
「えぇっと……71点に、58点、52点だから……」
ポチっと合計ボタンを押すと、現れた数字は181の3桁の数字。
俺はその数字が映し出されている画面を、藤野に見せる。
「3教科合計で181点。ひとまず、第一関門はクリアだ」
「はぁ~よかったぁ~」
ほっと胸を撫でおろして脱力する藤野。
「まさか本当に合計で180点叩きだすとは……正直驚いた」
藤野春海は、中学3年生の時に学校を中退して以降。通信制の学校に通いつつ、細々と生活していたはずだ。なのに、大学受験レベルの問題をこれほどまで解くことが出来るのは正直意外だった。
「お前、実は地頭良かったのか……?」
俺が感心したように顎に手を当てていると、藤野がふふっと笑みを浮かべる。
「でしょ~! 少しは見直したか? このこのぉ!」
そう言って、俺の頬を突いてくる藤野。その細い指の感触が柔らかくて、ちょっとドキッとしてしまう。
すると、藤野は指を押すのをやめたかと思うと、優しい眼差しで俺を見つけてきた。
「嘘。地頭本当は良くないよ私」
「いやっ……でもこの成績ならいいと言わざる負えないだろ」
だが、藤野は首を横に振る。
「これは、今までの貯蓄。実はね、高校の時、私が失ったものを取り返そうと、勉強だけは気を抜かないで頑張ってたの。だから、通信制の学校でも常に満点取ってて、自分で問題集買って、問題集といたりもしてたから、その成果」
どうやら藤野は、人生奈落の底に落ちた時も、必死にもがいて自分がやってしまった罪を少しでも償おう、何か出来ることはないかと、もがいて目の前にある勉強というノルマをしっかり果たしてきたのだろう。
これなら、かなり難しいのに変わりはないが、奇跡を起こすことが出来るのかもしれない。藤野春海は、まだ朽ちてない、終わっていないのだ。だからそこ、中学の時に成し遂げることが出来なかった受験合格という功績を、藤野春海のこれからのためにも、俺は絶対に合格させてやりたい。そう言った気持ちにさせられる。
俺は藤野に向き直り、言い放つ。
「いいか? 受験は己との戦いだ。言い訳はできない。藤野の場合、既にスタートが遅れてるんだから、より一層この半年はかなりきついことになる。それでも、ついてこれるか?」
俺がそう尋ねると、藤野春海はしばし考えるように下を向いたが、意を決したように真っ直ぐ俺を見つけてきた。
「うん、やるよ」
その一言に、藤野の固い意志が感じられた。
「そうか……わかった」
俺は瞑目して、顔を上げると、優しく微笑む。
「それじゃあこれから、よろしくな」
こうして、藤野春海の大学受験合格に向けて、俺と藤野春海の教師と生徒、本格的な家庭教師生活が幕を開けた。
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