第68話 価値観の違い
ホテルに帰り、俺はイヤホンを耳に差して音楽を聴きながら、動画配信サイトの動画を視聴していた。
すると、お風呂場からシャワーを浴び終えた津賀がバスタオルで髪を拭きながら出てきた。その後を追うように、女の子特有のお風呂上がりのいい香りが部屋中に漂ってきた。
音楽で音を塞いでおいてよかった。
壁一枚隔てているとはいえ、津賀のシャワーの音を聞いてしまったら、色々と落ち着かないからな。正直、この匂いだけでも心がざわつくのだから、音なんて聞いていたらなおさらだろう。
「どうぞ」
「はいよ」
俺はイヤホンを外して、シャワーの準備を始める。
その間にも、津賀はホテルの壁側に設置されているテレビを見ながら髪の毛を拭いている。
「……ドライヤーで先髪乾かせば?」
「この時期ドライヤするの暑くて嫌なんだよねぇ……」
「でも……中々乾かないだろ?」
「やおやおが上がったらするよ。そんなに時間かからないだろうし」
まあそりゃ、女子に比べて男子は身体ぱぱっと洗って、髪シャーって洗うだけだから早いけど……
「わかった。それじゃ、先入らせてもらう」
「うん」
俺は着替えなどをもって、風呂場へと向かった。
津賀は俺のことを気にする様子もなく、髪を拭きながらテレビを見てニヤニヤと笑っていた。
あんまり、気を遣いすぎなくてもいいのかもしれないな。
やはりまだ初日ということもあり、俺は津賀にどこか気を遣っている部分がある。一方の津賀は、ほぼそのような態度は見受けられず、一緒の部屋で寝るとことに対しての抵抗などほとんど感じられない。
それくらい、俺のことを信用してくれているという証なのかもしれないが……
「まあ俺も、徐々に慣れっかなぁ……」
そうぼそぼそと呟きつつ、俺は服を脱いでシャワーを浴びた。
◇
シャワーから出ると、津賀はスマートフォンを操作しながらまだ髪の毛を拭いていた。
「津賀、上がったからドライヤーで髪乾かしてこい」
「おっ、センキュー!」
よいしょとベッドの上から降りて、津賀は髪を乾かしにいく。
俺がベッドの上に乗り、バスタオルで髪を拭いていると、風呂場の方からドライヤーの音が聞こえてきた。
その音を聞きながら、俺はふと考えに耽る。
この免許合宿、津賀は何故友達ではなく自分を選んだのだろうか?
単純に友達として一緒に行きたかっただけでは纏められない。
俺は津賀の本当の裏にある真意を勝手に考えてしまう。
そんなことを考えているうちに、ドライヤーの音は鳴りやんでいた。
顔を上げると、津賀が風呂場の方から戻ってきたところで、ふと目が合った。
津賀はどうしたのと言った感じで、キョトンと首を傾げて見つめてくる。
俺は、一つ咳ばらいをしてから口を開いた。
「いや……なんで免許合宿、俺を選んだかなって。ほら、他にも友達とか誘えば一緒に行ってくれたんじゃないのって」
「あぁ……それはそのぉ……」
津賀が苦笑いしながら目を右往左往させる。
だが、俺が言葉の続きを待つようにじぃっと見つめると、観念したように言葉の続きを述べた。
「大学ってさ、被ってる授業でしか一緒に行動しないじゃん? だから、少しプライベートの部分になった時に、価値観の違いが出てくると言いますか何と言いますか……あはははは……」
「なるほどな」
津賀の言っていることには、俺も納得がいった。
つまりは、色々とそりが合わなかったのだろう。
人の価値観は、人それぞれ違くて、それを合わせようとするとストレスになるし、合わせないと対立が起こる。
結局、身近で一番価値観の合う人と一緒にいる方が、楽ということだ。
だから、その価値観の違いが、俺と西城さんの関係性にも変化を生じさせた。
まだ俺は、西城さんの事をしっかりと知ることが出来ていなかったのだ。そのうえで、西城さんと相いれない部分を露呈してしまった。
「やおやお? どうしたのそんな怖い顔して」
ふと気が付くと、また考えに耽ってしまっていたようで、津賀が心配そうに見つめてきていた。
「あぁ、悪い悪い。まあ、そういうことなら仕方ないな。とにかく、明日からの合宿頑張ろうな」
「うん、そうだね! 頑張ろ!」
津賀は元気よく拳を突き上げて見せる。
俺と津賀は、中学の頃から仲が良かった。授業じゃないときも、ずっと二人で話していたし、喧嘩することもほとんどなかった。その関係性が、俺達の築き上げてきたものであり、津賀にとっても居心地の良いものなのだろう。
だから、俺も今この関係性を手放すことだけは絶対にしたくない。そう心の中で思った。
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