第67話 津賀愛奈との関係性
手続きを終えた後は、適性検査などを行い、カリキュラムの説明を受けて、学科の教科書を受け取ったところで終了した。
明日から、実技と学科並行で合宿が本格的に始まる。
俺達は教習所から出てシャトルバスに乗り込み、ホテルへと向かった。
ホテルは、教習所から少し離れた街の中心部にあるビジネスホテルだ。
今回のプランでは3食付きプランのため、食の心配をすることはない。
チェックインを済ませて、俺達はエレベーターで6階まで上がり、鍵に書かれた部屋番号と同じ扉の前まで歩いて、鍵穴に鍵を差し込んでドアを開いた。
電気をつけると、一般的なビジネスホテルツインルームが目の前に広がっていた。
まあ普通のビジネスホテルならこんなところだろう。
「やおやおどっちで寝る?」
「じゃあ窓側で」
「おっけ」
ベッドの場所を決めて、各自荷物整理に入る。
この際、津賀が一緒なのはもう諦めて、後は何も期待しないで何も意識せずに勉強に専念すればいいだけだ……いいだけなのだが……
「やお! ご飯食べ終わったら外いこ?」
「……」
いきなり予想を裏切る行動を提案してくるので、俺は無言で津賀を睨みつけた。多分すっごい嫌そうな顔をしていただろう。
それを感じ取ったのか、津賀は俺を宥めるように言葉を紡ぐ。
「明日から忙しくなって散策する機会もないし、コンビニの場所とかも把握しといたほうがいいっしょ?」
「な、なるほど……」
確かに、津賀の言うことにも一理ある。明日以降万が一何かあった時に、知らない街を余裕ない状態で出歩くもの大変だろうし。こうして余裕がある日にやっておいた方がいい気がする。
「ダメ……かな?」
そうしてまたもや繰り出される津賀の潤んだ瞳で上目づかい攻撃。
あざとさ全開で、わざとやっているのが分かっていても、可愛いと思ってしまう自分がいて、それをどこかで津賀に求めている自分もいた。
だから俺は、はぁっと大きくため息を吐いてから、呆れたように言った。
「わかったよ。行けばいいんだろいけば」
「やったぁ!」
嬉しそうに喜ぶ津賀。そういう所は素で嬉しそうな仕草を見せるので、そのギャップも相まってさらに可愛く見てしまうから困る。
全く、津賀愛奈は俺の調子をいつも狂わせる女だ。
◇
夕食を済ませて、俺達は街へと繰り出していた。
昔、城下町として栄えたこの街は、情緒あふれる風情のある街並みが並んでいる。
辺りを四方山に囲まれた盆地のため、夏場の夜でも少し肌寒いくらいの風が俺たちの身体に吹き付けている。
コンビニの場所を確認した後は、目的もなく街を二人並んで歩く。
車通りは多いが、歩道を歩いている人はまばらだ。
どうやら、基本的に移動手段は車が主流らしい。
「やおやおさ」
すると、不意に津賀が口を開いた。
「ん、なんだ?」
俺が聞き返すと、津賀は少し間をあけてから話し出す。
「もしやおやおとさ、こういうのんびり暮らせそうな街で出会ってたら、今みたいな関係性になってたかな?」
突然問われる意外な質問に俺は戸惑った。だが、その真意を確かめようと津賀を見ても、津賀は真っ直ぐどこか街並みを見て、妄想に耽るように顔を前に向けたままだ。
「いや、どうだろうな……俺にもわからん」
「そうだよね。ごめんね、変なこと聞いて」
そう言い残して、歩く速度を速める津賀。
だが、大学で再会して、俺は津賀が変わらない津賀でよかったと思っている。
だから、妄想や想像上の世界では、津賀愛奈に理想を押し付けてもいいのではないかと思った。
「だけど……」
俺は少しもったいぶってから言葉の続きを口にした。
「こういうのんびりとした街でも、お前とは仲良くこうして街を歩いてた。そんな気がするよ」
俺が視線を逸らしながらそう言うと、視界の端で振り返った津賀が、少し驚いたように立ち止まっていたが、すぐにくすっと笑った。
「そっか、やおやおは私のこと好きすぎっしょ」
「バカ言え」
「でも……そうだったら、いいなって私も思う」
その口調に嘘はないように思える。その柔和な笑みがその確たる証拠だ。
もしだ。もしも菊田のような野郎がいない長閑な街で津賀愛奈に出会っていたとしたら、俺達の関係性はまた違うものになっていたのだろうか?
そんなことは分からない。人生は一度きりで、やり直しは出来ないから。今の関係性でさえ保っていけるのか不安だし、これから変化していくこともあるかもしれない。それでさえ、一度変わってしまった関係性というのは元に戻すことは出来ないのだから。
恐らく、乙中の一件で俺と西城さんとの関係性は変わってしまった。それが良かったのか悪かったのか、自分を中心にした天秤に乗せたら間違いなく悪かった。それが客観的に見たときに、それが正しかったのかなんて分からない。
だが、一つ確実に言えることは、その関係性が俺は少なからず落ち着ける関係性だったということだ。それは、今ここにいる津賀愛奈の関係性にも言えることだ。
一度失ってしまったものをまた取り返すことは出来ないかもしれない。だけども、もう一つのものを失わないようにすることは出来る。だから俺は、この免許合宿、津賀と思う存分楽しもうと心に決めた。
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