第50話 首を突っ込む
俺たちは、とある一室のソファーに案内されていた。
俺は恥ずかしさのあまり、顔を覆い隠すことしか出来ない。
「はっはっはっはっは! つまり、君は浜屋ちゃんがパパ活か援助交際か何か危ないことをしてると思って、それを助けようとしたと」
おじさんは盛大に笑っている。どうやら、おじさんからは浜屋ちゃんと呼ばれているらしい。
「はぁ……全く人騒がせなんだから。私がそんなことするわけないでしょうが!」
「ごもっともで……」
俺はもうソファーに座って、ただ俯いていることしかできなかった。
まさか、勘違いしてしまうなんて……
俺の黒歴史レパートリーがまた一つ記憶に刻まれた瞬間だった。
「にしても、浜屋ちゃんは素敵な彼に恵まれているんだね」
「べ、別にそう言う関係じゃないです……」
浜屋は珍しく、頬を少し染めながらぷぃっとそっぽを向いた。
「初めまして、私はこういうものです」
「はぁ……」
おじさんから名刺を受け取った。
『テイリープロダクション 取締役 大槻正平(おおつきしょうへい)』
「プロダクション?」
「えぇ、私はここにいる浜屋莉乃さんの女優業及び歌手デビューに向けて、マネジメントをさせていただいております。」
「へ!? 浜屋って芸能人だったの!?」
「ま、まあ、カテゴリーの上では、事務所に所属しているのだから、そういうことになるかしらね」
「ま、マジか……」
浜屋が芸能人……というかこのおじさん、芸能プロダクションのマネジャーさんだったの!?
驚愕の事実に、開いた口が塞がらなかった。
だが一方の浜屋は、どこか表情はすっきりしていない様子。
「まあ、これから本格的に活動するんですけどね」
大槻さんが、意味ありげな口調でそう言った。
「どういうことですか?」
大槻さんは、肘を立てて、手に顎をのせて浜屋をじっと見つめる。
当の浜屋
は、顔を逸らしたまま動かない。
その異様ともいえるような重苦しい空気を切り裂くように、大槻さんが深いため息を吐いてから口を開く。
「そこにいる、浜屋莉乃は、今度メジャーデビューをするんですが、この3か月間。ほとんど歌の練習すらしてない状態だからです」
俺は大槻さんからの言葉を聞いて、浜屋の方を振り向く。浜屋はいまだにばつの悪そうな顔で俯いたまま何も発さない。ただ、自分のズボンのすそをぎゅっと握りしめて……
だが、しばらく俺がじぃっと見つめていると、諦めたのか、はぁっと小さくため息を吐いて口を開いた。
「突然歌おうとすると、声が出なくなっちゃったの……原因は分からないわ」
突然の原因不明の不調。それは、誰にも一度は経験することかもしれない。そして、彼女は今、その苦痛の最中を彷徨っているのだ。
「それってつまり……」
「今日は、声の調子もかねて打ち合わせをと思って彼女を呼び出したんだけどね……どうやら、その様子じゃ、まだ駄目なようだね」
「はい……すいません……」
申し訳なさそうに小声で浜屋は謝る。
大槻さんは、そんな浜屋に対して、優しい微笑みを返す。
「誰だって、そういう謎の不調やスランプに悩まされることはある。だから、この話は先送りにしてもいいと僕は思ってる」
「いやっ……」
だが、浜屋の表情はどこか浮かない表情をしている。
恐らく、これ以上他の人に迷惑を掛けたくないとでも思っているのだろう。
「でもね、浜屋ちゃん。こういうものはじっくりと時間をかけていった方がいいと思うんだ」
大槻さんが優しく説得するが、浜屋は首を縦に振ろうとはしない。
何故浜屋はそんなに先送りにすることを拒んでいるのであろうか?
俺には疑問しかなかった。
すると、浜屋がおもむろに立ち上がる。
ふるふると身体を震わせていたが、意を決したように顔を上げて大槻さんに言い放った。
「必ず、来月までに復活して見せますから、予定通り話を進めてください」
「お、おい……」
「お願いします!」
浜屋は頭を下げて必死になっていた。彼女をそこまで躍起にさせる理由はなんなのだろうか? 俺には想像もつかない。だが、これだけ必死になっているんだ。
俺だって、ここでただ黙って見ているだけじゃいやだ。
そう思った時には、俺は立ち上がって大槻さんの方を見てこう言い放っていた。
「大丈夫です。自分が必ず彼女を復活させて見せますから」
俺がそう言い放つと、驚いたように浜屋がこちらを振り向いた。
大槻さんは、訝しむ視線で俺を見つめてくる。
「本当に、それで大丈夫かね」
「問題ありません」
俺は強い口調で、真っ直ぐな視線で大槻さんにそう言い切った。
大槻さんは、少し考えるように瞑目してから、はぁっと短いため息をついてから口を開いた。
「わかった。君たちがそれでいいというのであれば、予定通り、来月のデビューを前提に話を進めていくよ。ただし、2週間後、ちゃんと歌えるようになっているかどうかのテストをさせて欲しい。ここで歌えなければ、来月のデビューは厳しい。いいかね?」
「……はい、わかりました」
こうして、大槻さんと俺たちの間に、条件付きのデビューが確約され、俺はそれに余計な首を突っ込む羽目になってしまった。
帰り道、俺は浜屋と二人で、駅へと歩いていた。
「羽山くん、あんなに大見得張って大丈夫なわけ?」
「……さぁ、どうだろうな」
「はぁっ!? まさか、何の根拠もなく言ったんじゃ……」
「そりゃ、あの時は、何とかしてあげなきゃっていう気持ちが、先走っていたと言いますかなんといいますか」
浜屋は、呆れて言葉も出ないといったように盛大なため息を吐いた。
ホント俺、なんで首突っ込んじゃったんだろう……
だが、浜屋は次第に表情を硬くして、俯きながら言ってきた。
「そのぉ、ごめんね? 面倒事に巻き込んじゃって?」
上目づかいでそう言ってくる浜屋に対して、俺は短いため息を吐く。
「別にいいって、俺が勝手にでしゃばっただけだし」
「……ごめん、ありがと」
「まあ、だけど……」
俺は、歩みを止めて浜屋の方へ振り返る。
そして、ニコっと破顔して宣言した。
「首を突っ込んじゃったからには、俺が全力で、浜屋が歌えるようになるまで全力でサポートしてやるよ!」
俺の答えが意外だったのか、浜屋はキョトンとしていた。だが、次第に状況が理解できると、ぶっっと噴き出して笑いだす。
「あはははっ! ほんと羽山くんって、おせっかいだね」
「うるせぇ、黙ってろ」
「でも……ありがと!」
柔らかい笑みで俺を見つけてきた浜屋の表情は、どこか晴れやかにも見えた。
こうして、浜屋莉乃デビュー大作戦が幕を開けた。
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