第49話 不穏な予感

 乙中が落ち着きを取り戻した後、俺たちは近くのマックで反省会を開いていた。


「そもそも、乙中の心中まで理解できてなかった俺たちが悪い。申し訳ない」

「いや、いいよ。みんなは相談に乗ってくれて、協力してくれたわけだし」


 俺が乙中に謝ると、乙中は胸の前で手を振って取り繕ってくれたが、まだ本調子ではないのか、表情はわずかながらに暗い。


「もう少し、乙中に負担のかからないよう、決定的証拠が見つかればいいんだけど……」

「うーん……」


 三人とも頭を働かせて考えたものの、いい案は思いつかなかった。結局、一度クールダウンの期間を設けることになり、今日は解散の流れとなった。


「じゃあな、やお」

「おう、また大学で」


 そうして、俺は渋谷駅のJR改札で三人と別れ、俺は私鉄電車の改札へと向かおうと歩き出した。


 その時だった、俺の視界の端に見知った顔がいたような気がした。

 ふとその方向を振り向くと、人混みの雑踏の中に、チラっと見える女の子の後姿。間違いない、野方莉乃だ。

 そして、隣に見えるのは、スーツ姿の小太りのおじさん。


 いかにもアンバランスなその組み合わせに、俺は疑念を抱く。

 どうして、野方があんな年配のおじさんと一緒にいるんだ?

 歩いていく様子を見ても、おじさんの方が野方に話しかけて、それに対して野方は愛想を振りまいて頷いている。

 明らかに仲のいい知り合い……という雰囲気ではない。だとしたら……

 俺はそこで、一つ嫌な予感が頭の中によぎる


「いやっ、まさかな……」


 そんなはずはないと思いつつも、自然と足は野方の後を追うように動き出す。

 これは、真実を確かめるまでは帰れない。そう心の奥底で思っている自分がいるようだった。

 俺の尾行第二ラウンドが、勝手にスタートした瞬間だった。


 野方とおじさんは、マークシティーの横を通り過ぎ、さらに坂道を登っていく。

 俺は気が付かれないように、10メートルほど後ろを歩いてついて行く。


 もし気づかれても、偶然ですというのを装うため、イヤホンをして音楽を聴いているふりをする。


 野方とおじさんは、あれから特に何を話すわけでもなく、黙々と何処かへ歩いていく。しばらく坂道を歩き、道玄坂交番の交差点へと出る。信号を渡り、二人は一本裏路地へと入っていった。


 そこは、渋谷でも有名な、いわゆるホテル街が広がっている地区だった。

 野方とおじさんの二人は、さらにそのホテル街の奥へと歩みを進めていく。

 俺の嫌な感が徐々に確信へと変わっていく。


 だが、ここでふと立ち返る。

 俺は尾行したところで、この後どうすればいいんだ?


 後ろから思いっきり、おじさんに飛び掛かればいいのか?

 それとも、野方を捕まえて「何してんだ!」って問い詰めればいいのか?


 あぁ……こういうの、俺やったことないし分からないよ!!!

 心の中で悲痛の叫びを訴える。


 んっ、だが待てよ??


 もしかしたら、野方は何か問題を抱えている可能性だってある。お金がないとか、借金を抱えているとか……はたまた、闇金に手を出してしまったとか……


 想像しても、悪い方向へしか考えが思い浮かばない。

 ここは一旦、ポジティブな方向で考えよう。

 野方がそう言う行為をしたい理由。

 いや待て、そう考えちゃうと、野方がただの欲にまみれた獣みたいなことになってしまう。


 頼むからそうあっては欲しくない。お願いします。違う理由だよね?


 こんなことを考えていると、とある交差点で野方とそのおじさんは左折した。

 俺も置いて行かれないように急ぎ足で、その交差点へ向かう。


 恐る恐る左折した方を、建物の陰から覗き込むと、おじさんがとある場所で立ち止まって指さしている。どうやら目的地に到着したらしい。

 看板は見えないが、どうやらあまりよろしくない所へと連れていかれそうになっているのは明白だ。


 俺は辺りを確認して、突撃の体勢を整える。

 その時だった、ふと交差点を右折する方角に、見覚えのある顔を見つけた。


 先ほどまで尾行していた、乙中の彼氏と連れの女だ。

 なっ、なんでお前らこんなところに今現れてんだこの野郎!!!


 しかも、運がいいのか悪いのか、乙中の彼氏たちは明らかにホテルでーす!という場所で立ち止まっている。

 もしかしたら、決定的瞬間を目撃ないしは激写することが出来るかもしれない。いや、でもでもっ!


 俺は再び野方の方を見つめる。

 二人は今にも、建物の中に入り込もうとしているように見える。

 今はこっちのほうが危機的状況だし……

 そして、再び今度は乙中の彼氏の方へ視線を向ける。


 二人はさらに距離を縮めて、手をつないでいた。おいおいおい! ヤバイよ、これ絶対この後行く雰囲気だよあれ……


 でもでもでも……


 野方と乙中の彼氏……今俺が選択すべきはどちらか?

 今すぐに判断しなくてはいけない。



 何度も見比べて、俺はぎゅっと目を瞑って、息を吐いた。

 そして、覚悟を決めてその交差点を左へと曲がって全速力で走った。


 野方は、おじさんに連れらえて、その怪しげな雑居ビルに入らんとしているところだ。


「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!」


 俺が叫ぶと、おじさんと野方は驚いた様子でこちらを見た。

 そして、俺はすぐさま野方を抱きとめて、俺の後ろへと隠す。


「やめろ! 野方に手を出すな!」


 俺は手を大きく広げて、おじさんから野方に触れさせないように制止する。


「ちょ、ちょっと羽山!? あんたこんなところでなにしてんの!?」


 すると、浜屋が俺の袖を引っ張って何やらしてくる。

 俺はその瞬間クルっと振り返って、野方の肩をガシっと掴む。


「やめろ野方! 援交なんてみっともないぞ!」

「はっ……?」


 俺が叫ぶと、野方はキョトンと首を傾げている。


 妙な空気が辺りに流れた。

 野方もおじさんも、ぽかんとした表情で口を開けて俺を見つめている。


「……あれっ?」


 俺は、この時気が付いてしまった。ここが、ラブホテルでも何でもない、ただの雑居ビルで、野方が援交しようとしているのではないということに。

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