第4章 友情編
第42話 信念
「う~ん……」
私は一人、テーブルに置かれた原稿用紙と格闘していた。
「あぁっもう! わかんないよ!」
ついには集中の糸も切れてしまい、机に突っ伏してしまう。
「はぁ……」
気が付けば私は盛大なため息を吐いていた。
ふと掛け時計を見ると、時刻は夜の11時を回ろうとしていた。
明日も朝早くから大学の授業が待っている。
そろそろ眠る準備に取り掛かるため、立ち上がろうとした時だった。
机の上に置いてあったスマートフォンが振動する。
何だろうと思い、スマートフォンの画面を確認すると、母親からの電話だった。
私は出るのをためらった。他の家族からだったら一目散に出ていただろうけど……こうして連絡が来るのはいつぶりだろう。
そんなことを考えながら、私は通話ボタンを押してスマートフォンを耳元へと近づけた。
「もしもし、お母さん?」
しかし、この通話一本の影響で、私の心は大きく揺さぶられることとなる。
◇
藤野春海問題も無事に解決し、無事に平穏な日常が戻ってきた。
いつものように授業を受けて、いつものように怠惰な毎日を過ごす。
ただ一つのことを除いては……
「西城さん、今日も来ないね」
「これでもう一週間だぞ? 乙中はなんか知らねぇのか?」
「知らない。LINEしても既読付かない」
橋岡・船津・乙中の3人が心配そうな表情を浮かべていた。
「羽山、あんたは?」
乙中に聞かれるが、俺は首を横に振る。
この一週間、西城さんは大学に姿を現さなかった。
LINEをしてみても既読すらつかない状態。
何かあったのではないかと皆が心配していた。
西城さん、何があったんだろう……
授業を終えて空きコマの時間、本来なら西城さんと二人でこの空きコマ時間をいつもは過ごすのだが、俺は一人寂しく食堂でスマホと睨めっこしていた。
西城さんにもう一度ちゃんとメッセージを送ろうかどうか迷っていた。
「う~ん……こういう時、なんて送ればいいんだろうか?」
俺が唸るようにして独り言を呟いていると、視界の端に俺の方を向いて立ち止まっている人影が見えた。
顔を上げると、そこにいたのは黄色のカーディガンを羽織り、下は紺のホットパンツを履きこなし、そこから伸びる日焼けした褐色色のすらりとした太ももが眩しい。中学時代の同級生で、同じ映画製作サークルのメンバー津賀愛奈だった。
「やっほ~やおやお! 一人? 美月ちは?」
「よっ津賀。今日は来てない。というか、ここ一週間ずっと大学に来てないんだ」
「へぇ~そうなんだ」
津賀は気にした様子もなく、当たり前のように俺の向かい側に腰かけた……と、思ったら鋭い目で俺を睨みつけてきた。
「それで? やおやおはどうしてこんなところでボケェっとしてるの?」
「えっ?」
俺が何のことか分からず首を傾げると、津賀は真剣な表情でこちらを見つめてきた。
「どうして美月ちが非常事態かもしれないときに、のうのうと大学でのんびりしてるのってこと」
「なんでって……そりゃ別にそこまでする筋合い俺にないというか……」
俺が顔を背けてそう言うと、津賀ははぁっと呆れたようにため息を吐いた。
「そっか……やおやおの気持ちってそんなものだったんだ」
「どういうことだよ?」
厭味ったらしく言ってきた津賀に少しイラッとして俺は睨み返した。すると、自分に勝機があるように津賀は俺を強い視線で睨み返してきた。
「好きなんじゃないの、美月ちのこと」
「なっ……」
端的に正論を言われ、ぐうの音も出なくなる。
「でも……まだ付き合ってるわけじゃないし。たったの一週間だろ?」
「毎日大学に来てた子が、一週間も連絡なしに来なくなるなんて、非常事態でしょ。それに、付き合ってなかったとしても好きな女の子を助けてくれるのがやおやおなんじゃないの?」
「っ……!」
「……違う?」
津賀はどこか俺を試すように尋ねてくる。
俺はその津賀の問いに対して、ふっっと破顔して答える。
「違くない。それでこそ俺だよな」
「ん、わかってんじゃん」
津賀もふっと微笑んでそう答えた。
そうとなれば俺が出来ることはただ一つしかない。
隣の椅子に置いてあった荷物を手に取り立ち上がり、津賀の方を向いた。
「ありがとな津賀、俺行ってくるわ」
「うん、いってらっしゃい」
津賀は胸の辺りで小さく手を振ってくれた。
俺もそれに応えるようにして手を振り返して走りだした。
彼女が今困っているとしたら、おせっかいだとしても助けてあげる。それが、俺の信念だ!
◇
やおやおは私の方を振り返ることもせずに食堂から出て行った。
「はぁ……ほんと私なにやってるんだろう」
またこの前と同じような言葉が漏れてしまう。
やおやおに振り向いて欲しいのか、やおやおの恋を応援してあげたいのかこれじゃあ分からないなぁ……
私はただ、バッグの中に入れてあった夏休みの予定表を握りしめもう一度肩を落とすように大きなため息を吐いた。
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