第25話 過去の形跡

 藤野春海とか別れて岐路についている途中で、俺は最寄りの駅から少し寄り道をしてとある場所へと足を運んでいた。


 ここに来るのも2年ぶりくらいだろうか?

 住宅街に突如として現れるボロ屋敷のようなたたずまいの住宅。今では地元の人たちからは幽霊屋敷として恐れられているそうだ。

 窓ガラスは割れて、窓から見える家の中は埃でけむたくなっており、生活道具がそのまま残されたままでもぬけの殻状態になっている藤野春海が以前住んでいた家だ。


 藤野春海と会って、話を聞いてみたら俺は自然とここへ足を運びたくなってしまったていた。


 ここで、俺は先ほどまで奇跡の再会を果たした藤野春海との会話を思い出す。


 藤野春海は、新たな藤野春海として生まれ変わるといっていた。

 過去を振り返ったとしても変えることは出来ない。それは不変の事実だし自然の定理だ。

 しかし、彼女が今まで生きてきたこれまでの形跡や記憶を踏みにじってまで、彼女は変わる必要があるのだろうか?

 確かに、家族もろともこの土地から逃げてしまったことは間違いない。

 しかしながら、藤野春海がここで暮らしていたという事実さえも、彼女は忘れようとしている気がした。だが、彼女の心の奥底には今でも思い出すのであろう。

 懐かしい檜の木の香りが漂う家の匂い。古臭いけど、温かみの有った掘りごたつで、おばあちゃんと一緒に食べた夜ご飯のことや、みんなと一緒にトランプをして遊んだその記憶を。



 俺の知っている藤野春海としてではなく、人格や生活を変えてまで自分を変える必要があるのだろうか?


 答えは本人以外知る由もない。





「ただいま~」

「おはえり、おひいひゃん」


 家に帰ると、我が妹の弥生がリビングの定位置になりつつあるソファーで寝っ転がって、シャカシャカと歯を磨きながらスマホでようつべの動画を見ていた。


「これこれ、喋るならうがいしてからにしろ」

「ふぁ~い」


 そう言いながら、大きく口を開けてシャカシャカと歯を磨きながらリビングを後にする我が妹。

 口を開けて舌に歯磨き粉を絡ませてる女の子って……なんかぞくっとしちゃうのは変態が考える嗜好ですよね。


 そんなことはさておき、洗面所に向かった弥生の後を追うようにして、俺も手を洗いに洗面所向かう。

 洗面所では、弥生がゴロゴロと声を出しながらうがいをしていた。

 ぺっと水を吐き出して、背後で覗いていた俺の姿を鏡越しに見つけて、ビクっと驚いたように振り返る。


「びっくりしたぁ……心臓止まると思った」


 胸を押さえて大きく深呼吸する弥生。

 悪いと一言詫びを入れてから、弥生と入れ替わるようにして石鹸で手を洗う。


「そういえば、お母さんがお風呂入ったらホース入れておいてだって」

「ん、わかった」


 用件を言い残して、弥生はリビングへ戻ろうと歩き出す。


「なあ弥生」

「ん? なぁに?」


 洗面所から出て行こうとした弥生を呼び止めると、弥生は俺の方へと向き直りキョトンと首を傾げる。


「もし、過去のトラウマを払拭したいって思ったら、弥生ならどうする?」

「……どうったの急に?」

「いや、やっぱりなんでもない……」


 変なお兄ちゃんといいながら、リビングへと戻っていった。


 ・・・・・・藤野春海をどうにかして助けたい。初恋の女の子だからだろうか、そういうことも含めてあの時のキラキラしていた可愛らしい藤野春海に戻ってほしい。

 そんなことを俺は気づかぬうちに心の中で思っているようだ。


 だが、俺がしてやれることはたかが知れており、藤野春海自体が自主的に動かないと、この問題は永遠に解決しない。そうも感じている自分がいた。


 しばらくは、藤野春海の様子を伺いつつ、折り合いうまく付き合っていくしかないと思った。

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