第78話
「私のせいだと言いたいんですか?」
「……君が初めて死神さんに会った時も、大量の食事を食べていたんだろ? 慢性的に、魂が不足していたんじゃないかな」
死神さんは、決して自殺を無理強(むりじ)いしなかった。
魂を食べるための仕事なのに、自殺者がそれを拒否すれば、いつも笑って受け入れてくれた。
もしもそれを、日常的に行っていたとしたら。
永遠の命が、今ここで尽きるほどに、人々の魂を現実に帰していたとするなら。
私は思わず立ち上がった。
「早く魂を食べさせないと!」
「どうやって?」
東雲先生の冷静な声に、私は思わず口をつぐんだ。
「君に示した態度からして、もはや彼女は覚悟を決めている。それに魂を食べるということは、誰かが死ぬということだ。どこかの誰かに、自殺してくれと頼むのか?」
「それは……」
「とりあえず座れ」
私は先生に従った。
彼の態度が、どこか険のあるものに変わっていることに、私はなんとなく気付いていた。
時計の針の音がうるさく感じる。
いつもは居心地の良い先生との時間が、なんだか苦痛で、私はただ下を向くことしかできなかった。
「君は死神に恋していると言ったね。それは両思いということなのか?」
「それは……」
どうなんだろう。
死神さんは、私を気持ち悪くないと言ってくれた。
私の気持ちに、うれしいと言ってくれた。
あのとき倒れなかったら、きっと、キスだって……。
私は、小さくうなずいた。
「彼女が、同性愛者だって言ったのか?」
「え?」
「両思いということは、そういうことだろ」
「……そうですよ。悪いですか?」
「悪いなんて言ってない」
「そう聞こえます」
私はムキになっていた。
自分でもそれが分かった。
なんで、こんなに攻撃的になっているのか。
それすらも理解していた。
彼女は、同性愛者ではないかもしれない。
いつものように空気が読めず、ただ思ったことを言っただけかもしれない。
その可能性が高いことを、私自身、よく理解していたのだ。
もしも異性愛者だったら? 人間なんて、恋愛対象じゃなかったら?
あの時、私がキスをしていたら、彼女は──
『気持ち悪い』
忘れたと思っていた、胸の奥にしまい込んだ記憶が、一気に開放された。
私は立ち上がった。
「行かなくちゃ」
「行かないほうがいい」
私は思わず先生をにらんだ。
「なんでですか!? 先生には関係ないことです!」
「彼女を弱らせているのは、君のせいかもしれないからだ」
私は思わず硬直した。
「……さっき、私のせいじゃないって、言ったじゃないですか」
「君に会う前から慢性的に魂が不足していたのは事実だろう。でも、君が彼女の負担になっていないとは限らない」
「意味が分かりません」
「カラスが君を早く帰らせようとしたのは、そういう理由からじゃないのか?」
部屋から出る時の、カラスさんの顔がフラッシュバックした。
「……何を言ってるのか、分かりません」
「あの世に人間を留まらせているんだ。それ自体、あまりに自然とかけ離れている。相応の力を使っていたとしてもおかしくない」
「そんなの、ぜんぶ想像じゃないですか」
死神さんが現実世界に来た時、彼女は世界の行き来に体力を使うと言っていた。
私が世界を行き来する時も同じだとしたら。そしてそれを、全て死神さんが補ってくれていたとしたら。
すべて、つじつまが合う。
「君は長く彼女と一緒にいたんだろ。何か、兆候のようなものはなかったのか? それとなく彼女が言った言葉とか──」
「だから、ないって言ってるじゃないですか!!」
私の怒声に、しんと辺りが静まり返った。
しばらくの沈黙のあと、東雲先生は、ゆっくりと口を開いた。
「この前、君に言った言葉を撤回する」
先生は言った。
「君は子供だ」
かっとなった。
私は玄関を勢いよく指差した。
「出て行ってください。今すぐ!!」
東雲先生は、何も言わず家をあとにした。
「どうしたの? 退学の件はなくなったの?」
母親がこそこそと出てきて何やら言ってくるが、私の耳には入ってこなかった。
私は、まるで全力疾走した後のように乱れた息を、必死になって整えていた。
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