第49話
私達は、食事をするためにダイニングテーブルに集まっていた。
いつものように、大量の食事をたいらげる死神さんとは違い、芳子さんは見るからに元気がなかった。
さっきまで寝ていたのに、まだ疲れがとれないのだろう。
「芳子さん。これ、カラスさんが作ってくれたスープです。温まりますよ」
テーブルの食事にまったく手をつけない芳子さんを見かねて、カラスさんが用意してくれたお手製のスープだ。
クリーミーで豊潤な香りのスープは垂涎ものだが、芳子さんは項垂れたまま、機械のようにゆっくりと、スプーンを動かしていた。
芳子さんがそんな様子なので、ついつい周りもつられ、どうしても沈黙が続いてしまう。
「ええと……どうですか? お味の方は」
芳子さんは小さくうなずくだけで、言葉を交わしてはくれなかった。
「カ、カラスさんはああ見えて料理上手なんですよ! 腕がないのに、どうやって作ってるのか気になりますよね」
私が努めて明るく言うも、芳子さんは無反応だ。
代わりにカラスさんが、くちばしを天井に掲げて「カァ」と一声、鳴いた。
胸を張っているつもりらしい。
「しかし、カラスさんはこちらの食事しか作れませんからね。以前、須藤さんに作っていただいた肉じゃがは絶品でした」
その言葉に、ようやく芳子さんが反応した。
「肉じゃが? マサルが作ったの?」
「そうなんですよ! 須藤さんが大好きな料理で、すごくおいしかったんです。そうそうあの時、死神さんとカラスさんが酷い大喧嘩を──」
「マサルの好きな料理も知らないで、よく夫婦でいられたなって、そう言いたいの?」
「……あ、いや……そんなことは……」
私の否定の言葉が聞こえないのか、芳子さんはまくしたてるように喋り始めた。
「マサルの異変に気づきもしないで、のうのうと生きてたなんて信じられない? マサルが相談しても私が突っぱねるから、そのせいで自殺したんだって、そう言いたいの? なんとか言いなさいよ!」
私は何も言えないでいた。
すると芳子さんは、今度は急に、しくしくと泣き出した。
「お願い……。もう許して……。家に帰らせて」
身が張り裂けそうな気持ちだった。
親しい間柄の人間が自殺するということは、これほど、周りの人に傷を広げるということを、初めて知った。
一度は自殺した身としては、とても他人事として見ることはできなかった。
私は、須藤さんの自殺が、彼が苦しみ抜いた末に導き出した、一番誰も傷つけない方法だったことを知っている。
だからこそ、その結果、これほど傷つく人がいるということが、どうにもやるせなかった。
◇◇◇
「みんなが私を責めているように感じる」
私達がティーテーブルへと席を移動すると、芳子さんは自発的に、とつとつと語り始めた。
「マサルは私が殺したんだって、みんながそう言ってる気がする」
「皆とは、誰のことですか?」
「みんなよ。近所の家族。マサルの同僚。親族。みんなが、私を責めてる」
それはきっと、事実でもあるのだろう。
芳子さん自身が語ったように、今まで、須藤さんの死の責任を、周りから負わされていたことは間違いない。
「誰もいなくても、私が殺したんだって、誰かが私を責める声が聞こえる。……私だって止めたかった。私だって、マサルのことが好きだった。でも……でも……」
それ以上は、声にならないようだった。
死神さんは、芳子さんの気持ちが落ち着くのを待ってから、ゆっくりと口を開いた。
「自殺するのは軟弱者のすることだと、仰っていましたね。その気持は今も変わりませんか?」
「……自殺したマサルに非がある。そう思わないと、私に非があることになる。自殺する人が悪いんだって思わないと、愛する人を、自分が殺したことになる。そんなの……どうやって認めろっていうの?」
途切れ途切れに話す芳子さんの言葉を聞いていると、痛々しいくらいに悲痛な気持ちが伝わってくる。
死神さんは、そんな彼女をまっすぐに見つめて、こう言った。
「……あなたはここに来る前に、自殺しましたね?」
うつむき、これ以上語る気力もなさそうな顔で、芳子さんは、ゆっくりとうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます