第11話
「気持ち悪い。あなたはお友達から、そういった陰口を叩かれると言っていましたね。そして、その評価に対して自覚的でもあった。ですが、結衣さんが話してくださった内容からは、そのように言われる理由が見当たりません」
「わ、悪口なんて、みんな適当に言うものじゃないですか」
私は、しどろもどろしながらも、なんとかそう言った。
「心当たりがないのであれば、自殺方法にまで影響するほど、気にすることだとは思えません」
「そういう性格なんです。些細なことでも気にしてしまう性質(タチ)なんです」
「もしもそうであるなら、当番を放棄したことが不可解に思えます。他のお二人に気付かれる可能性の高いことだということは、些細なことを気にする性格ならすぐに思いついたはずです。今のような状況になることも、予想できたのでは?」
「……その時は、そんな自分がいやになって……」
「自分を変えたくて、普段ならやらないような行動に出た?」
私は小さくうなずいた。
死神さんは、じっと私を見つめている。
思わず握りこぶしを固くしていると、死神さんは別の話題を持ち出した。
「先程のお話で、文化祭を心から楽しむことができたと仰っていましたね。その時の心境を、詳しく聞かせてくれませんか?」
「……えっと。……周りの目から解放されて、有頂天になってました。……そうだ。その時のはしゃぎっぷりが、気持ち悪く映ったのかも。私自身、ちょっとありえないくらいテンションが高くなってたから」
「なるほど。自分自身を変えるために行動して、少し行き過ぎてしまったと」
私はほっとした。
話の内容に疑問を抱いていた死神さんだったが、ようやく納得してくれたらしい。
「そうなんです。だから、ぜんぶ私のせいなんです。二人に悪いからって真紀が止めるのも聞かずに、怒られても大したことないって──」
「大したことないのですか?」
私の顔が、笑顔のまま固まった。
「自分のことを偽善者だとまで言っていたのに?」
「た、大したことないと思ってたけど、実際にやってみたら違ったというか……」
「つまり、普段は他のお二人に怒られても構わないと思っていたということですか?」
「……そうじゃなくて。えと……」
まずい。
言葉がでてこない。
反論しなくちゃいけないのに、緊張のせいで湯水のように溢れる唾を、飲み込むことしかできなかった。
「……もしかして、あなたが当番を買って出たのは、わざとなのではありませんか?」
ドキリと、心臓が大きく脈打った。
私が答えられないことを知っているかのように、死神さんは話を続ける。
「性格上、真紀さんは、話がこじれそうなら当番を拒まないであろうことが推測されます。そのことをあなたはよく知っていた。だから、真紀さんと確実に一緒になれる当番を選んだのではありませんか? もしかしたら、公平に決めようとする皆の意見を遮り、強引に真紀さんを当番に誘ったのかもしれません。結衣さんが自分を偽善者だと責めていたのは、当番を放りだしたからではなく、嘘をついて真紀さんと一緒になろうとしたから。どうですか?」
口を動かすも、まるで喉が干からびてしまったかのような、かすれた声しか出てこない。
「結衣さん。あなたは真紀さんが、自然とグループの一員になったと言いましたね。そしてこのグループは、何をするにも一緒で、ある種、打算的に繋がっていた節があった。そんなグループの人間が、引っ込み思案でいつも遠慮してしまう結衣さんの勧めに応じて、真紀さんをグループの一員にするでしょうか? むしろ、一匹オオカミで、あまり話したことのないであろう彼女を、拒絶する方向にいくのが当然ではありませんか?」
「そ、それは、死神さんが女子のコミュニティに疎いから──」
「ですがこれらの疑問も、ある一つの仮説をたてるなら、全て納得できます」
死神さんは私の言葉を遮り、ずいと顔を近づけた。
「結衣さん。あなたはこのグループのリーダーだったのではありませんか?」
終わった……。
私は思わず目を瞑った。
「何かを決める時は、いつもあなたが主導して決断していた。だから真紀さんをグループに入れることもできたし、当番の割決めも、ある程度はコントロールすることができた。まったく違うタイプである結衣さんと真紀さんが仲良くできたのも、実は似た者同士だったと考えるなら、納得できます」
「……ぜんぶ、こじつけです」
私のなけなしの反論は、あまりにむなしく辺りに散っていく。
「あなたが感受性の高い人間であることは分かります。周りを気遣い、時に自分の我を通すことができなかったというのも事実でしょう。ですが、あなた自身が語っていたほど、弱い人間ではない。違いますか?」
私は歯噛みした。
ほとんどやけくそ気味に立ち上がり、大きな声で叫んだ。
「だったらなんだって言うんですか! 私は別に嘘なんてついてません! 私にすり寄るように同調を促してくる二人にプレッシャーを感じていたのは本当だし、いじめられていたのも本当です‼ ……だから。だから別に、死神さんに嘘をついてたわけじゃ──」
「あなたは優しい人ですね」
私は、ハッとした。
顔を上げると、死神さんは、いつも私に見せてくれる微笑みを浮かべていた。
「そう。あなたは嘘をついていない。ただ、相手が誤解するように誘導していただけです。それが、話を聞こうとする私に対する、せめてもの誠意だと信じて」
不思議な感覚だった。
死神さんの、ゆっくりと紡がれるやわらかい言葉の数々が、私の荒んでいた心に染み込んでくる。
「あなたが嘘を暴きたいと思っていることも、自分自身の弱さを克服しようと思っていることも、私は知っています。だから、無理をする必要はありません。あなたがその心を忘れずにいるのなら、機会はいくらでも訪れます」
卑怯だ。
ここにきて、そんな風に優しい言葉を投げかけて。
これなら、容赦なく追及してくれる方がよかった。それなのに……
私は椅子に座り、うつむいたまま、小さく口を動かした。
「続けてください」
まるでそう言うことが分かっていたかのように、死神さんは物憂げな顔で口を一文字に結び、それから真剣な表情で私と向き合った。
「あなたが弱い人間を演じたかったのは、いじめの原因を深く掘り下げられたくなかったからだと考えられます。もしも結衣さんがグループのリーダーであるなら、相応の理由がなければ、いじめにまで発展はしないでしょう。少なくとも、当番を放棄して遊んでいたくらいでは、こんなことは起きません」
死神さんの口調はゆったりしていたが、確かな自信を感じさせるものだった。
「結衣さんは嘘をついていない。その前提にたてば、全容が見えてきます。あなたはわざと当番になることを選びました。その理由は、真紀さんと一緒になるためです。しかしそれでは満足できず、二人で文化祭を回ることにした。たとえそれが露見しても構わなかった。そのことでグループに不和が起きてもよかった。そんなことよりも、あなたは真紀さんと一緒に文化祭を楽しむことを優先した。それは結衣さんにとって、リーダーとしての責任を、初めて放棄した瞬間だった」
一つ一つ丁寧に、事のあらましを説明していく。
自分の中で確信した真実を、私自身が飲み込めるように、かみ砕いてくれているのだと分かった。
「誰に何を言われようと構わない。それほどまでに、結衣さんは真紀さんと一緒にいたかった。そんなあなたが、今、どうしてこれほど自分を責めているのか。自殺を決意するほどの強い想いを、全て自分のせいだと感じてしまうのは何故か。それは、周りの人間に陰口を叩かれたからじゃない。いじめられたからでもない。何よりも一緒にいたいと望む、真紀さんに拒絶されたから。あなたが初めてこの場所に来た時、誰かの椅子に座っていたと仰っていましたね。もしかしてそれは──」
「もうやめて‼」
私は思わず叫んでいた。
両手で顔を覆い。全てを拒否するように、下を向いていた。
ずっとそのまま動かない私に対し、死神さんは、ずっと何も言わなかった。
何も言わず、ただ私に、優しい視線を送っている。それだけが、顔を見なくても伝わってきた。
死神さんは待っているのだ。
私が、私自身が、殻を破るところを。
誰かに糾弾されて、突きつけられたものではない。
望まぬ現実を、自分自身で掴み取り、きちんと向き合うために。
「……死神さんに、隠し事をしていました」
私は、顔を覆ったまま。一呼吸だけ息を吸い、なかなか吐き出せずにいた言葉を、息と共に吐き出した。
「私……女の人が好きなんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます