第110話 仲直り……?

 絨毯に額を擦りつけている20歳前後の女性をソファーに座らせて、ゼノも定位置の1人掛けソファーに腰を下ろす。


「っ、あ〜」


(朝っぱらから滅茶苦茶疲れた……けど、いい感じで緊張はなくなってるな)


「ゼノ、おっさんくせぇぞ」

「うっせ、つい出ちまったんだよ、察しろ」


 背にもたれ天井を向いたまま、サリアの軽口に軽口で返す。

 座ったままソファーを浮かせて後方に移動させると、ガバッと飛び降りてジャンピング土下座に移行する。


「みんな、すまん、昨日は言い過ぎた。この責任はみんなをシュトロハーゲンに送り届け、生活魔法から追い出して俺1人が生涯ここに引きこもっぷ」

「なんでそうなるですか?」

「なんでそうなるんだよ?」

「なんでそうなるですか〜?」

「なんでそうなるのです?」


 謝罪の途中でボケに走ったゼノの後頭部を、馴染みの4人が踏みつける。

 最近入って来たダイゴローと初見の女性は、いきなり始まった出来事にアタフタオタオタしている。

 5秒にも満たない踏みつけの後、4人同時にゼノの後頭部から足が離れる。


「これは罰です。だから、昨日の事は水に流しましょう」

「オメーの考えはわかったけどよ。人間全部を嫌わないで、もうちょい人を見る目を磨けや」


「ゼノさん達はたった100年の人生なんですから、目一杯楽しまなきゃ損ですよ〜」

「貴方は繊細過ぎるのです。有象無象を意識の隅から蹴り出して、もっと不遜になるくらいで丁度良いのです」


「ああ、みんな……ありがとう」


 ミラ、サリア、ジュディスは、ゼノが思い詰めないよう注意を払いつつ、この人嫌いを拗らせたおっさんが復活するのかを考えて行動していた。

 だがここには、人間の心の機微に疎い元世界樹様が居られる。


「女性に後頭部を踏まれて礼を言うとか。ゼノ、貴方は変態だったのですね」

「ハックゥー……」


 空気を読めないラケルの一撃は鋭い槍となり、仲間達の暖かい言葉で修復しかけていたおっさんの、薄氷の心のド真ん中に突き刺さった。


「あー、ミラ? 朝食の仕度をお願いできるかな? ゆっくりでいいよ、食後までには復活しておくから……」


 そう言い残し絨毯から立ち上がると部屋の隅て膝を抱えて座り、暗い雰囲気を纏いながら心の平穏を取り戻そうと、必死に何かをブツブツと呟いている。

 だがチームの空気読まない生産人形様は、我関せずとゼノの襟首をムンズと掴むと、そのままダイニングへと連行していった。


「ラケッ、首っ、しまっ!」

「落ち込んだ時は食べて体を動かす、それが1番速い立ち直り方法なんですよ。30年しか生きてない子供なんですから、小まめに私やジュディスに相談しなさい。大体貴方は」


 バタン。

 そこでダイニングに繋がるドアが閉じられてリビングには声が聞こえなくなった。

 このノリについていけない新入りのダイゴローと、自己紹介もさせてもらっていない女性。

 おっさんは粗雑に扱うものというノリに、ある程度耐性のあるミラとサリアも若干引き気味の表情をしている。

 唯一平時と変わらないのは、人生百戦錬磨のジュディスだけだった。


 彼女達は、ラケルが呼びに来るまでの間、ソファーに座ったまま動けずにいた。

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