第109話 ボディタックルは突然に

 朝、解決策はこれしかないと思い至り心を落ち着かせようと、日課にしている小城の階段を徒歩で下りリビングまで移動する。

 緊張で激しく脈打つ心臓もざわめく精神も、毎朝のルーティンを行うことで少しは治まった。


 シュトロハーゲンで仕立てられた最高級の白の礼服を身に纏い、昨夜の言葉を謝罪しようと髪に櫛も入れて整えて来た。

 ドアを開けたら超低空ジャンピング土下座から、そのまま滑りながらスライディング土下座に移行するシミュレートは完璧だ。

 リビングのドアを引き開け入室し、よく通る声で謝罪しようと息を吸い込んだ瞬間。


「ぶふぅー!!」


 腹に強烈なタックルを受けて押し返され、ドアの角に後頭部を強打させられた。


「ああああああぁぁぁーいってーー!!」

「アイツの不運も既に日常になってる感はあるな」

「そうね。でもゼノさん、今回はかなり痛そうよ?」

「ミラちゃん、魔法で回復してあげたらー? 万能薬を使うほどでもないしー?」

「あっ、わかりました」


「これが日常なんですか……」

「ゼノにとっては不幸でしょうが、ゼノは時々ドジをしたりハプニングに巻き込まれたりして、あのようになるのです。ダイゴローもそのうち慣れるでしょう」

「あっ、はい」


 後頭部を押さえ地面をゴロゴロ転がりながらも、ゼノは意識の端で疑問を覚えていた。

 リビングのソファーには仲間が全員座っていて、ミラが後頭部の治療に駆けつけただけで他には誰も移動していない。


(ならこの痛みの原因である、タックルをしてきた人物は誰だ?)


 頭を抱えて転げ回り原因から遠ざかったゼノは、ミラに治療されたので立ち上がり視線を動かしてその正体を探ってみる。

 そこにはミラとサリアの中間程の見た目年齢をした、少女と女性の境目にあるような人物が五体投地をしている。


 腰までありそうな黒髪は首の後ろで纏められているが、今は背中から流れて絨毯の上に落ちている。

 濃く日焼けしたかのような褐色の肌は健康的なハリツヤで、ジュディスの持ち物だった露出の少ない白のワンピースに包まれている。

 だが身長が高いせいで袖は肘の少し先までしかなく、スカートも膝下までしか届いていない。

 先程まで履いていたであろうスリッパは、ソファーとドアの途中で一組が散らばっている。

 恐らくゼノに飛びかかり抱きつく過程で脱げて散らばったのであろう。


 状況証拠から犯人は突き止めたが、その犯行が誰かと犯行動機に全く思い当たらないゼノ。

 長年ストレスを感じ続けた脳は、ある一定以上のストレスを受けるとその働きを低下させ、ストレスを受けても感じにくくして心を守ろうとする。


 ゼノは昨夜の発言で自己嫌悪に陥り脳の機能を低下させ、その前に助けた人物の事を記憶できなかったのだ。

 部屋がおかしな空気になっているのを感じ、自己防衛のために無意識に中二病モードを発動させていた。


「俺は君と有意義な話しがしたい。謝罪の気持ちは受け取るし、求めるなら罰も与えよう。だがそのためにも、まずは立ち上がり席について貰えないかな?」


 どうとばかりに振り向いて仲間の顔を見ると、全員頷いてサムズアップしていた。


(やはりコイツ等は、良い仲間だよ)


 新たに絶対謝罪しようという気持ちを確かに、ゼノはソファーの定位置に着席したのだった。

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