第65話 エルフの王の苦悩

 エルフの王フレデリック・シュトロハーゲンは、報告書に目を通しながら宰相レスト・バーンの報告に頭を抱えていた。


「騎士ジュディスによる邪竜の討伐は確認されました。ですが本人は四肢を損失し呪いに蝕まれ、復帰はおろか回復の見込みはありません」


「彼女には兄が居たな、その者に騎士ジュディスの代わりに褒賞を受け取りに越させてくれ。国を救いし英傑へは後日改めて、私が直接礼をしに向かおう」


 フレデリックの絞り出すような言葉に、レストは恭しく頭を下げると退室していく。


(邪竜が訪れたのは国として痛過ぎるが、自然災害と思い諦めるしかない。しかし騎士のほぼ全てが戦死と再起不能とあっては、国防にも治安維持にも支障が出てくる。生きているならば再起不能でも恩賞という形で金銭や物品、階級や保証を与えられる。しかし死者には何もしてやれない。彼等の名誉を讃え、残された家族への生活の保証しか……)


 フレデリックは王としては非常に優秀だ。

 民を思い国を富ませ、あらゆる不満が最小限になるように常に考え続けてきた。

 だが同時に、王としては優しすぎた。

 割り切る事が出来ずに、何であれ自身の力不足として抱え込んでしまう悪癖があった。


 今も邪竜については諦めてはいるが。

 自身の指示采配の是非について、もっといい結果はだせなかったのか。

 この指示はもっと、いやあの采配はこうしていたら。

 後悔が大半の反省をしながら、必要書類に目を通しサインや指示を書き連ねていった。





 数年後。

 万全ではないが国内も落ち着き、邪竜被害の爪痕も少しずつ回復していっている。

 生まれず増えない民の人数。

 更に増えず訓練も追いつかない騎士達。

 そんな中、もたらされた回復薬の原料の入手の報。


 フレデリックは青いパーポン草を入手した騎士を呼び出し、その入手方法を聞いた。

 バリウスはゼノ個人については一切話さずに、どういったやり取りがあったかだけを語った。

 それを聞いたフレデリックはその人物に、一度会って見たいものだと思った。




 シュトロハーゲンに7色草と聖水が大量に持ち込まれた。

 再起不能だった騎士達は完全復活し、将軍は騎士団の再編に嬉しい悲鳴を上げている。

 またもバリウスに話しを聞くと青いパーポン草も、今回の万能薬の素材も同じ人物から無償提供されたと言うではないか。

 フレデリックは信じ難かったが、バリウスが騙されてなければ虚言でないと思い直した。


「バリウスよ。彼等をシュトロハーゲンの救国の雄として、丁重に招待せよ」

「はっ!」




 バリウスが退室し、ゼノ達の歓迎のセレモニーを計画していたフレデリックの元に珍客が現れた。


「はじめまして、今代のエルフの王。私は世界樹」


 薄っすらと透けていた体が徐々に鮮明になり、1人の女性の姿になった。

 その女性から発せられる世界樹と同一の気に、フレデリックは真実だと悟り目の前へ移動して膝をついた。


「世界樹様、私が今代の王を務めさせて頂いておりますフレデリックと申します」


 樹木故に人間への理解が薄い世界樹に、余分な言葉は不要と伝えられている。

 彼女はこの世界の浄化機構であり、創造神より地上を任されている最後の地上神なのだ。

 この事実を知るのは代々のエルフ王のみ。

 言い伝えでは何代も現れていない世界樹のうつ

 前回現れた時は世界の危機だったと聞き及んでいるが。

 フレデリックは緊張しつつ、世界樹の言葉を待った。


「私は今、枯れようとしています。このままでは世界に、人間の住める場所はなくなってきまうでしょう」

(そんなっ!)


「ですが僅かに、私を蝕む呪いを浄化出来る可能性があります。後日迎え入れる薬の提供者が、どんな為人なのか試しなさい。その者が悪人でなければ、私の浄化を頼みましょう。世界の全ては1人の人間の心にかかっています。その者の怒りを試すのです」


 そう言って世界樹の現し身は姿を消していった。

 世界の存亡に関わる事態なのだ、世界樹の言葉に従うしかない。

 フレデリックは頭を抱えながら、宰相であるレストを呼び出した。

 その日はレストと共に2人で頭を抱えた。





(ゼノ殿の反応に世界樹様は満足されたようだが、私はこの所ずっと胃が痛い)




(ゼノ殿が世界樹様を救ってくれると決意表明され、私は彼に名を告げ頭を下げた。世界樹様からの指示があったとはいえ、自分の決めた事に言い訳はすまい)


「フレデリック、貴方に心許せる友人は居ますか?私にはそんな友人は居ない。もしよければ、私の友人となって下さい。ダチに頼まれたら任せろとだけ答えるのか、良い男の条件ですから」


(彼はこんな私にも救いの手を差し伸べてくれた。私と彼の命ある限り、彼と友人で居続けよう)


「すまない。こんな事をした私を許すだけでなく、許容し受け入れてくれるなんて。私の方こそ、生涯貴方の友人で居させて頂きたい」


「だったら膝をついてないで立ってくれフレデリック。改めて自己紹介しよう、既に知っていると思うが俺はゼノ。何の変哲もない、救世主になるおとこさ」


「僕はフレデリック、僕なんて使うのは何年ぶりだろうな。君の友人になった、エルフの王さ。よろしく、ゼノ。流石に王として振る舞っている時は、それっぽくなるのは見逃してくれよ」


「勿論だ、フレデリック。その代わり昨日まで一般人だった俺の粗相そそうも見逃してくれよ?」


「ああ、いいよ」




 ゼノが思っていた以上に小心者で、フレデリックには善人に見えた。

 事実ゼノは謝罪したのが王と知らぬまま対応し、友人となった人物がエルフ王だと聞いて冷や汗びっしょりになった。

 全身全霊で取り繕ったので誰にもバレてないが。


 ゼノに許され、関わった全てのエルフもゼノに謝罪した。

 ゼノは一言。


「もう気にしていないので、許しましょう」


 ひざまづいて謝罪した女性エルフの、ドレスの開いた胸元に見惚れたから許した訳ではないだろう。

 エルフにしては珍しく、山あり谷ありだったのも無関係だろう。

 ゼノの表情はキリッとしていたのだから。




 ゼノに許されたエルフ王フレデリックは、数年振りに清々しい気持ちになれた。

 良き友人も得られ、人生まだまだこれからだと奮起した。


 だが、彼はまだ知らない。

 数日後に再び頭を抱える事になろうとは……

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