『76』


「ファァァァック、ユー!!」


 老婆の声が響いたと同時に木片が割れた音、鈍い打撃音が集落に響き渡る。

 バゴォーンといった音が鳴り、木片は綺麗に二つに切り分けられ、そのまま老婆の後方に転がった。


「……えー……ミタマちゃん、えぇ〜……」


 ミタマは両の手のひらの埃をはらうように叩き、小さく息を吐くと集落の入り口に視線を送る。


「ファッ、隠れてないで出て来な! 入り口の修理代を払ってもらうかんの!」


 説明すると、ミタマに直撃したと思われた木片は、そのミタマの手刀により切り裂かれた、という事であり、追いつかなかった麗音はキョトンと瞳を瞬かせるしか出来なかったのが現状だった。

 驚く麗音の後ろで、遅れて飛び出したシルク達も驚愕の表情を隠せずにいた。


 徐々に入り口付近の砂埃が晴れていく。

 そして、ぼんやりと見える黒い影の正体が露わになっていく。やがて視界を遮るモノが消えた先にいた襲撃者は、麗音達と同じく驚きの表情を浮かべながら二つに結ったツインテールを弾ませた。


「……うぬぬぬ」


 麗音の瞳が襲撃者を捉える。

 その瞬間、胸が熱くなり意識せずとも身体は前に出ていた。


「スフレ! ベロちゃんっ!」


 麗音の声に小さな身体を震わせた襲撃者はキョロキョロと辺りを見回してはツインテールを揺らし、一頻り見回した後、正面で瞳を輝かせる魔王を視界に捉える。


 黒光りなマッチョ魔獣も顎が外れたかと思うくらいの大口をあけている。いや、多分外れている。


「わたしだよっ、スフレ! 麗音だよ!」


 その声に再び身を震わせた襲撃者スフレは首を横に振り頭を抱え何やら呪文のようなものを唱え始める。


「ありえないのじゃ、ありえないのじゃ、ありえないのじゃ……レオンが人間と一緒にいるなんて、ありえないのじゃ、のじゃのじゃのじゃ」


 そして、


「お、お前! レオンの偽物じゃな!」


 スフレは腰に手を当て小さな胸をピンと張り、もう片方の腕を上げると麗音を指さした。


「ち、違うよスフレ! 本物だよー!」


「そ、そうなのか!?」


「そーだよ、麗音だよ!」


 スフレは首を傾げ眉をしかめ、少し思考を巡らせては徐に口を開いた。


「な、何故、人間と一緒にいるのじゃ……」


「そ、それは……えっとね、ここの人達は親切な人達でね、だから」


「でも、人間に変わりないのじゃ……人間に親切な奴なんている訳ないのじゃ!」


『お、おいスフレよ……』


「ケルベロスは黙ってろなのじゃ!」


『ケルヴェロ……』


 その時、言い分を聞こうとしないスフレと、向かい合う麗音との間に老婆が割って入り、深いシワの隙間の円らな瞳を見開いた。


「お主も魔物かえ? そこの麗音とやらの仲間って事かの? なぁに、心配するでないわ、ここの人間は別に魔物を取って食ったりせん」


「し、信用ならんのじゃ!」プイッ!


「ほぇ〜、こりゃぁ頑固者じゃな〜」


 ミタマは困った表情で麗音を見やる。しわくちゃな顔で見つめられた麗音も苦笑いを浮かべ、「そうなんだよ、スフレはちょっとがんもどきなの」と指を立てる。


「まぁ、儂に任せとき。子供をあやすのは得意やけんな〜。ほれほれ、こわくないぞえ?」


『へッヘッヘッ!』尻尾ぶんぶん!


 ミタマの声と動作にケルヴェロスが犬らしく反応したが、すぐさまスフレにスネを蹴られ我に返る。


 その時、


「なんだ〜あの魔物じゃねぇか!? さっきはよくもやりやがったな? それに、ババア! 何だその魔物のガキ共は! まさか、匿ってやがったのか〜? あぁん?」


 打ちのめされ気を失っていた勇者の一人が回復して外に出て来てはミタマに詰め寄る。


「ファッ、怪我人は大人しく寝てな?」


「黙れクソババア!」



 ————銃声



「……ファッ……!?」


 鉛の塊が、老婆の肩を撃ち抜いた。貫通した弾丸は麗音の頬を掠めて後方の木に当たる。

 ミタマは肩を押さえ、その場にうつ伏せで倒れてしまう。集落の男達が慌ててミタマに駆け寄ろうとするが、勇者が銃口を向けてそれを静止する。


「この集落は終わりだぁ! 国家への反乱分子として、住人は全員死刑! まずはクソババアからだぁぁ!!」


 男は再び銃口をミタマに向けた。そして、躊躇なくその引き金を引いた。

 激しく回転する鉛の塊は、真っ直ぐミタマの頭部へ撃ち込まれた……


 ……撃ち込まれる筈だった。


 しかし、弾丸は空中で二つに両断され遙か後方へと消えた。銃弾を切り裂いた真っ白なソレは天に真っ直ぐ伸びて太陽の光を反射する。


「はぁっ、はぁっ……助けてもらったくせに……何でこんなにひどいことするの!?」


 縦笛ソード。

 弾丸を切り裂いたのは麗音の縦笛だった。肩で息をする麗音に少しばかり戸惑いながらも、残りの仲間四人が回復を済ませたのを確認した勇者は口元を緩め余裕の表情を浮かべる。


「何だお前は? ガキは黙って……」


「ガキじゃないもん! 魔王だもん!」


「魔王、だとぉ?」


「東の魔王、レオンだよ! ミタマちゃんにひどい事したんだから、覚悟してよね?」


「覚悟だぁ〜? 俺達勇者は正義の為に悪と戦ってんだ。その為に得た力の前に、お前達のような魔物はクズなんだよ! それに、」


 麗音は語る男の前までテクテクと歩いて行き、目の前の勇者を見上げながら、

 ——『大きく息を吸い込んだ!』


「それに俺達はっ……」



「うるさぁぁーーーーーーいっ!!!!!!」



 全力の絶叫ボイスは目の前の勇者五人を一瞬で星に変えた。同時に、今季一の飛距離もマークする。


 集落の人間達は驚きながらも勇者を倒した麗音をたたえ歩み寄る。

 麗音はすぐにミタマの所へ駆け寄り、ミタマに満面の笑顔を見せて言った。


「ミタマちゃん、もう大丈夫だよ!」


 その笑顔はミタマの肩の傷を一撃で回復させ、ついでにシワも少しばかり減らしてしまった。

 本当にこのままでは、ミタマ婆さんがミタマ姉さんになるのも近い。シルクやリリアルもミタマに抱きついて喜んだ。そんな彼女達に温かい眼差しを送る集落の人達だった。


 それはそうと、一頻り喜びあった後に振り返ると、そこにはスフレとケルヴェロスの姿はなかった。


「……スフレ……」


「スフレ、いったいどうしたんでしょうか?」


「しゅふれ、わからずやでしゅね」


 壊れた入り口を見ながら、麗音は首を横に振り徐に口を開く。


「わたし、追いかけて来る」


「一人でですか!?」と、シルクが引き止めようすると麗音は振り返り、笑顔で告げる。


「これは魔王のお仕事だからね! シルクとリリアルはミタマちゃんをお願い! すぐに戻って来るから安心して! 行くよ、クマデビル!」


 麗音はランドセルを背負うと、ケルヴェロスの足跡を辿り、驚異的な回転力を誇る小走りで追いかけて行った。

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