『75』


 そして翌日、勇者達がこの集落にやって来る時間が刻一刻と迫る中、麗音達三人は呑気にしりとりをしていた。


 外に出る訳にもいかないので、勇者達が居なくなるまで身を潜めざるを得ないからだ。

 だから仕方なく、しりとりと興じている訳で、遊んでいる訳ではない。と、思う。


「あーーっリリアルの負けぇ〜!」


「death death death!!」


 遊んでいるようだ?


 そんな時、外の方から男の怒鳴るような声が流れ込んでくる。何やら慌てている様子だが。


「どうやら来たようだね。お前さん達はここから動かない事。わかったかい?」


「うんっ、わかったミタマちゃんっ!」


「ミタマしゃん、わかったでしゅ!」


 ミタマはそのあどけない笑顔に頬を染めながら小さく微笑むと、家の外に出て行った。

 それを見届けた麗音達は再びしりとりを開始する。



 一方、外では集落の男達が慌ただしく走り回っていた。ミタマが何事かと問うと、一人の男がこの騒ぎの理由を告げながら、担架のような物で運ばれて行く鎧の男達を指さした。


「……何と……ゆ、勇者様かね、あれは……」


「はい、ここにくる途中、魔獣に襲われたと」


「ほぅ、勇者ともあろう者が魔獣にやられたんかね? いったいどんな魔獣が……」


 ステータスを得た勇者が野良の魔獣に引けを取るなんて事は殆どない。それだけ勇者という存在は強い者であり、下っ端でも騎士団並みの強さを発揮出来てしまう。更にチート持ちやレベルカンスト組となると、その強さは別次元となる。

 そんな勇者が魔獣に負けたとなると、ちょっとした騒ぎになる。


 そんな勇者の力にもそれなりの代償があるのだが、それを知るのは彼等だけで一般市民である集落の住人達は知る由もない。


 それはそうと、シワの隙間で円らな瞳を瞬かせたミタマに、男はこう続けた。


「それが……一匹の魔獣にやられたと……」


「ファッ!? 五人もおってかえ!?」


「は、はいっ……一匹の魔獣と目に見えない刃が何とかって言ってたそうで」


「一匹の魔獣と目に見えない刃、じゃと? どうにも意味がわからん。とにかく、勇者達を集会所へ運べ。治療してやらん訳にもいくまいに」


「はいっ」


 ミタマは尖った顎に手を当て思考を巡らせる。勇者達のこのような事態を目の当たりにした事がなかったからだ。

 ちょっとした怪我ならまだしも、あそこまでコテンパンにやられた勇者は見た事がなかった。


「ううむ、これは……っ!?」

 ————ドンガラガッシャーーン!!

              「ファッ!?」


 突然の轟音にミタマの入れ歯が宙を舞う。ミタマは老婆とは思えない反応速度で入れ歯を回収し、音のした方へ振り返った。


 振り返ったのは良かったが、木で出来た集落の入り口となる門がかまいたちのようなモノに切り裂かれ、倒壊、その木片が回転しながらミタマに向かって来ていた。


「な、なんと!?」


 老婆にそれを避ける術はない。


 そこに飛び出したのは身を潜めていた筈の麗音だった。騒ぎが気になり窓からこっそり様子を伺っていたようだ。

 その窓から飛び出した麗音はお得意の超回転小走りで走る! しかし、


「だめっ、間にっ合わないっ!?」


 麗音の小走りより木片の速度が速い。このままでは間に合わない。だが、あんなモノが老婆に直撃したらただでは済まない。それくらいは小学生の麗音でも理解している。


 しかし、手を伸ばしてミタマの名を叫ぶ麗音の健闘も虚しく、木片は無慈悲を敢行する。


 けたたましい悲鳴に似た声と、鈍い打撃音が鳴る。木片は二つに割れ、それぞれ別々の方向へ飛び地面に転がる。


「ミタマ、ちゃん……?」


 麗音は地面に膝をつき、その視線を落ちた木片から恐る恐るミタマの方へと向けた。


 そこには……



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