『74』


「おかわり!」


「リリアルもでしゅー!」


「あ、その、わたくしも……」


 白髪の老婆は眼をひん剥いて驚きを露わにしたが、その見事な食べっぷりが心地良くて高笑いをあげながら米をよそう。


 焼き魚と豚汁という質素な食事は瞬く間に少女達の胃袋へ消えた。流石の老婆も入れ歯を落としそうなくらい口を開け身震いした。


「ありがとう、お婆ちゃん!」


「ファーーーック! お姉さんじゃ!」


 どう転んでもお婆ちゃんだが、どうやらそこは譲れない様子です。麗音は身体をピョンと弾ませ眼を丸くした。


「えへへ、ごめんねお姉さん!」


「おー、おー、物分かりの良い子じゃ〜。じゃが、そうじゃな。儂は、お姉さん、のミタマと言う。お主らは名を何と?」


「麗音だよ! 陽向麗音ひなたれおん! で、こっちのフワフワしたのが幽霊のシルク、そしてね、この可愛いヘビヘビした子がメデューサのリリアルだよ!」


 シルクとリリアルはペコリと頭を下げた。

 するとミタマは顔をしわくちゃにして二人の頭を撫でる。されるがままの二人。


「ねぇねぇ、ミタマちゃんはさ〜何でわたし達を助けてくれたの? 人間は皆んな魔物が嫌いなのかなって思ったから」


「ミタマちゃんとな!?」


 ミタマの口から遂に飛び出した入れ歯。

 ミタマは落ちそうになった入れ歯を老婆とは思えない反応速度でキャッチし元の場所へ装着した。


「でっしゅぁぁ!! 凄いすごいでしゅね!!」


 テンションの上がるリリアルはさておき、驚いた表情のミタマに麗音が続ける。


「ミタマちゃん、駄目?」


「ファーーーック、ユー!!」


 ミタマは白目を剥きながら麗音の肩を掴み激しく揺さぶる。揺れる度にお団子も揺れる。

 一頻り揺さぶったミタマは我に返ったのか、はっ、と動きを止め、咳払いを一つはさみ口を開けた。


「べ、別に駄目なわけじゃないがの、そ、その、か、可愛過ぎやせんか?」チラチラ


「そっかぁ、それじゃあ……」


「ノーーーーーー!!」


「え……?」


「ま、まあなんだ……どうしてもって言うなら、そう呼んでもいいかのぉ〜なんて、思ったり思わなかったりの〜?」


「う〜ん、無理しなくてもいいよ?」


「無理とかじゃなくての……」


「やっぱりお婆ちゃんにする?」


「ミタマちゃんでお願いしまっす!!」



 結局、ミタマの事はミタマちゃんと呼ぶ事に決まった。いや、決まってしまった。

 ミタマの顔のシワが心なしが減ったようにも見えるが気のせいとして処理する。


 ミタマの話によると、明日、正午前に勇者の巡回が来るとの事。辺境に住む者達が魔物や他種族の者を匿ってはいないか確認する為だ。

 今や人間以外の種族は人間の敵とされていて、その他種族を倒す力を持つ勇者は国の救世主、つまりは正義となっている。

 逆らうと反逆罪まで適用され兼ねないのだ。


「ミタマちゃん、それじゃわたし達すぐにここを出ないと……」


「気にするこたぁないわ。視察というてもな、ちょっと顔出して偉そうにするだけだかんの。家の中ん隠れときゃ大丈夫」


「でも……(どうしよ……わたし達が勇者を倒しまくってるって知らないから……)」


「人間が皆んな勇者の味方だとは限らんよ。現に、この集落の者達は他種族との交友関係も深かった者が多いしの。辺境だけあって、色んな種族が来よったよ。今では魔獣しか見んがな」


 勇者が魔獣を倒し危険を取り払ってくれているのは確かで、集落の者もそれは認めている訳だが。


「勇者とかいうのが来るまでは騎士様達が危険な魔獣なんかをやっつけてくれとったが、最近になって来る勇者は何や好かんの」


 麗音は少し安心した。この世界の人間は皆、心ない勇者のゆうな人間だと思っていたからだ。人間にもミタマのような考えの者がいる、それだけで何だか未来がひらけた気分になった。


「ほれ、今夜は眠れ。布団敷いてやるかんの」


「うんっ! ありがとうっ、ミタマちゃんっ!」


 麗音はお礼に魔王的笑顔デススマイルを放つ。直撃を受けたミタマのシワが、心なしか更に減ったように見える。このままだと数日中には本当にお姉さんになってしまいそうである。




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