第371話 コナー①


「親父、酒」

 冒険者ギルドから少し離れた酒場のカウンターで男は1人、酒をあおっていた。

 男の名はコナー。

 自分の狙っていた獲物をまんまと逃した悔しさを酒で紛らわせていた。

(くそっ! あのガキ、貴族をたらしこんでいやがったか)



 コナーは元々商家の息子で、子どもの頃はそれなりに裕福に暮らしていた。

 父親は一族の本家の家柄で、貴族ではなかったが手広く商いをしていて分家たちをあごで使っていた。

 10歳になれば、ヴェルシアのジョブ判定を受けて問題がなければ商学校へ進む予定だった。



 だが父母が盗賊に襲われて亡くなり、店を叔父に取られてからが問題だった。

 全てを奪われただけでなく、下男として扱われることになってしまった。

 これまで格下だと思っていた従兄弟たちからも、苛められる日々。

 でもジョブ判定までは耐えようと我慢していた。


 コナーは自分のジョブに商人が出た時は素直に喜んだ。

 これで家を出て、商学校へ行けばいい。

 勉強もしていたし、奨学金だって取れる。

 そう思っていたのに試験の日に閉じ込められてしまい、受験出来なかった。

 叔父家族は彼を下男にしかしないと決めてしまったのだ。



 下男として働いている間に酔っぱらった叔父が従兄弟に、コナーの父母をわざと盗賊が出没する方の道を教えたことを話しているのを聞いた。

 しかもコナーが商学校を出て、自分の権利を主張したら困るので試験を受けさせなかったことも話していた。

 許せなかった。


 確実性のある殺害行為ではなかったので、父母を殺した叔父にヴェルシアの罪の印は出ない。

 コナーは神を呪った。

 だから失火に見せかけて殺して、逃走した。



 ヴェルシアの罪の印が出てしまったが、殺人だろうと盗みだろうと同じ罪の印が出る。

 スキル判定さえ受けなければ、罪状を詳しく知られることはない。

 孤児は生きてゆくための盗みでつくことが多く、今は自分もその孤児だ。

 だから冒険者になった。



 冒険者は思ったより面白かった。

 親切な人もいたし、過去をとやかく言わず、罪の印があっても寛容だ。

 でも立場が弱いと搾取されるのはどこでも同じだ。

 子どもだったコナーは何度も苦い目に遭った。



 だがある時、攻略の失敗で死んだ冒険者の遺体を見つけた。

 それでその冒険者の登録カードを持ち帰ることで、持ち物全てを引き継ぐことが出来た。

 今まで持てなかった防具や武器を手にしてダンジョンを攻略するとずいぶん楽になった。


 そうなるともっといい防具や武器が欲しくなった。

 見ると才能のないつまらない駆け出しのガキが、家が金持ちというだけでいい剣を持っていた。

 コナーには買えないほどの素晴らしい剣だ。



 そう思っていたらチャンスがあった。

 彼の直前に入ったパーティーが攻略に失敗し、例のガキが助けを求めてきたのだ。

「その剣をくれたら、助けてやる」

「ああ、いいとも。くれてやるから、助けてくれ!」

 それでコナーは彼を助けてやった。



 剣を寄こせと言うとガキは渋った。

「いやぁ、これ親父が買ってくれたやつでさぁ。なんか他のヤツにしてくんない?」

 コナーはピンときた。

 こういう渋るヤツは必ず報酬を踏み倒す。

 だから今あるものを求めたのに、それを理解していない。


「わかった。でも思い出にその剣を見せてくれないか? 

 今後買う時の参考にしたいんだ」

 コナーは元々育ちがいいので、相手に好青年に見えていた。

 何も疑わず剣を渡したガキを彼はその場で刺して殺した。



 ダンジョンにはいろいろ仕掛けがある。

 その罠の中にガキの死体を放り込み、証拠隠滅した。

 簡単だった。


 ただガキの冒険者カードを取るのを忘れていたため、剣は手に入れたがすぐに使うことは出来なかった。

 それでその時の町を出た。



 それからはコナーにはどんくさい冒険者が獲物に見えて仕方がなかった。

 お人好しもだ。

 自分より格上のランクでもそれは同じだった。

 わざとモンスタートレインをして、なすり付ければイチコロだった。


 面倒なことになったら町を変えればいいし、国外に出ればヴェルシアの罪の証だって消える。

 そしたら自分の店を持ってもいい。

 希望が膨らんできたら、ますます金が欲しくなった。



 そんな時にコナーが見つけたのが、姉御ことAランク冒険者のマリアだった。

 これほど美しく、強い女がこの世にいるのかと思った。

 夫と子供がいると聞いたのでコナーの入り込む隙はなかったが、Aランク冒険者の知人がいるのは役に立つと思った。



 マリアには不思議なことがあった。

 王都までの護衛依頼なのに、セードンまでしか行かないというのだ。

 セードンから王都までたった半日の距離だ。

 翌日には帰れるというのに、依頼料を値引きしてでもセードンでやめてしまった。


 王都でマリアの話をしたら、名前は聞いたことあるけど王都では見たことがないという。

 遠方ならともかくAランク冒険者なら、金を稼げる王都に来るのが普通だ。

 だからセードン止まりなのが気になった。



 それでセードンに戻ったら、マリアはまたいなくなっていた。

 だが夫と魔法学校に通っている子どもはいた。

 子どもは娘でマリアによく似ていた。

 そのセードンを張っていたら、今度は夫が急死した。

 なのにマリアは戻ってこないという。



 おかしいとコナーは思った。

 夫と子どもに早く会いたいから王都まで行く時間も使いたくない女が、その夫の死に戻ってこない?

 何かあると思った。

 それで葬儀に参列した。



 コナーは葬儀が嫌いだった。

 いや教会がと言った方が正しい。

 神など祈っても何もしてくれない。

 不利になる罪の証をつけるだけの存在に、敬意もくそもなかった。



 だが思わぬ収穫もあった。

 領主の御者がマリアの娘を見て面白いことを話したのだ。


「あの娘さん、俺の昔知っているお方によく似てるんだ」

「へぇ、もしかして貴族かい?」

「ああ、俺が前に仕えてたのは奥様のご出身の男爵家なんだが、その近所に住んでいた騎士のお嬢様にな。

 あのお方は金髪に緑の目の別嬪べっぴんさんだったなぁ」



 聞けばその令嬢の母親は先王の愛妾を務めるほどの美貌の持ち主で、その令嬢も王家が決めた縁談があったそうだ。

「男爵家の坊ちゃんが岡惚れしていて、寝所に引きずり込もうとしてたんだ。

 俺は何度も後をつけさせられてさ。

 1度剣を首に当てられたこともあるんだ。

 恐ろしかったが目がキラキラしていて、こんな美しい方は坊ちゃんにはもったいないと思ったもんだ」


 そしてそのご令嬢は王家の決めた婚約を蹴り飛ばして、国外に逃げてしまったという。


「よく知らんのだが、それでそのご令嬢はお尋ね者さ。

 普通は結婚を蹴ったぐらいでお尋ね者ってひどすぎるけどな」

「なにか金目の物、持ち出したんじゃないか?」

「だったらそういうだろ? どうもご令嬢の捕縛が目的みたいだった。

 坊ちゃんが惚れてたせいで匿っているんじゃないかと男爵家まで捜索されて迷惑だったよ」



 この話は使えると思った。

 マリアが王都に寄り付かない理由も、ソロで活躍しているのもつじつまが合う。

 容貌も年齢的にもピッタリだ。


 マリアは必ず娘の元に戻ってくるはずだ。

 娘は王都で2番目の魔法学校に通っているので、そこで張れば接触できる。

 そう思った。


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 罪を犯していればスキルにその罪が記載されます。

 窃盗とか、殺人とか。

 だからコナーはスキル判定になるような事態は避けています。


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