第380話 王城での呪い


 エリーと別れた後のリカルドとサミーは王城へ向かう馬車の中で話し合っていた。


「私は約束した3人と踊ったら退席する。

 サミーはダンスパーティーをゆっくりと楽しんでくれ」

「リカルド様、最近お一人で何をされていらっしゃるんですか?」

「何、大したことではないよ」


「王城へ行くと言って行かれていませんよね?」

「おや、誰に……父上か」

「はい」



 リカルドはそれを聞いて小さくため息をついた。

「あれでも、一応私の保護者だからな。

 サミーを信頼していない訳ではないが、今邪魔されるのはちょっと困るな。

 もうじき終わるから終わったら説明するよ」


「本当ですか?」

「今まで君との約束をたがえたことなどないだろう?」

「それはそうですが……無茶をするのはおやめください」

「大丈夫だよ、私には使命があるのだから」



「やはり近習にはならないのですか?」

「無理だろうね。だが異母兄あにうえがいるのだから問題ないはずだ」

「……」

「跡取りは異母兄あにうえだと何度もお話したのに、もうちょっと自覚してほしいけどね」

「リカルド様と比べられれば、トーマス様でなくても誰でもそうなると思います」

異母兄あにうえは気弱だが、周りの流れを読んで必要なことが出来る。

 近習としてふさわしい能力だ」


 だが希代の天才と比べられる方にしたら、そう言われても信じられないだろうとサミーは思わずにいられなかった。



 そのころ、ちょうど馬車は王城の門を潜り抜けたところだった。

 ハッと何かに気が付き、リカルドは馬車を止めさせた。


「どうなさったのですか?」

「今、王城に呪いの痕跡を見つけた」

「!」


「呪いの正体がわからないから外に出ないように。

 このまま引き返して、ダンスパーティーに行ってほしい。

 エリー君1人で、あの仕事全部は大変だろうから」

「ですが……」

「私は解呪をするよう言われるだろう。

 大丈夫だ。

 私の能力は以前に比べてかなり上がっているよ」


 そう言ってリカルドは自分だけ降りて、御者に引き返すよう指示を出した。

 しかし、遅かった。

 王城のすべての門が閉じられてしまったのだ。



 リカルドの元に近衛騎士の一人が駆け寄ってくる。

「リカルド・ルカス・ゼ・クライン卿、王がお召しです」

「わかった。だが私の騎士は帰したい」

「申し訳ございません。すべての門を閉じると王がお決めになりました」

「ならば是非もない。案内を頼む」


 サミーは馬車の中でリカルドと騎士の様子を見るしかできなかった。





 近衛騎士がリカルドを案内したのは、王の執務室でも、居室でも、謁見室でもなく、離れの館だった。

 離れと言っても、壮麗な設えの館で、先王コーネリウスの居住区域だ。

 先王の寝室の前に行くまでもなく呪いの気配は濃厚になり、空気が張り詰め重く感じられた。


「リカルド・ルカス・ゼ・クライン、お呼びにより参上つかまつりました」

「入れ」

 扉が開き中に入るとそこは寝室だった。

 ベッドの上の先王が呪いの荒縄に全身を巻き付かれ、血まみれになっていた。

 かなり衰弱して意識がない。



「リカルド。父上は助けられるか?」

 挨拶もそこそこに現国王ジェームズ・ゴードン・ゼ・バルティスは、リカルドに尋ねた。

 体中に呪い除けの護符を巻いて滑稽こっけいに感じられたが、今の状況ならば責めることは出来ないだろう。



「陛下、これは呪いでございます。

 解呪が必要ですので、私の浄化魔法では治すことが出来ません」


「そんなことはわかっている。

 条件がわかれば……解呪か、呪われたものと同じ条件を有するものならば、誰かに押し付けることが出来るとフジノが申しておる」

「解呪できなければ、どなたかに呪いを移せというのですか?」

「お前ならばできるか?」


「いいえ、この呪いは先王陛下御本人を呪ったものです。

 わざわざ正式なお名前でかけてあります。

 王位を即位される時につけられる秘密の名前まで書いてあるのです。

 ですからご本人以外は誰も引き受けることは出来ません。


 強いて方法をあげるならば、先王陛下と同じ条件、同じ血筋を持つ同じ名前の赤子をこしらえるしかありませんね。

 ですがお母君であらせられるギーセラ妃はもう30年以上前にお亡くなりですし、難しいでしょう」


「何ということだ……」


「かけた術者による解除が一番安全です。

 ただこの手の呪いは術者本人の命を費やしてかけるものです。

 早急に探し出さねば死んでしまう可能性が高いでしょう」

「手も尽くさず簡単に言うな! そなたには血も涙もないのか!」


「希望があると耳障りの良いことを申して、賢者フジノ師のように陛下のお気持ちを一時慰めることは可能です。

 ですがその後それが出来ないとわかったときの絶望はさらに深くなります。

 ただ次の標的に陛下や殿下方が狙われないとも限りません」


「余も狙われるというか⁉」

「あくまでも可能性です。まだはっきりとはわかりかねます。

 ただ一刻の猶予もございません

 もう少し見分させてください」


「それはフジノにさせる。

 いいか、父上はまだ死んではならぬ。

 解呪できなければ、延命せよ。

 これは命令だ!」



「かしこまりました。

 ただし、すぐには出来ません。多少の準備が必要です」

「何がいる」

「上質な魔力ポーションと、ソレイユです。

 私の騎士が門で足止めされていますので用意させます」

「こちらで用意する」

「いいえ、私とソレイユに合うものでないと意味がありません。

 あとクライン騎士団を一小隊呼びます」


「近衛騎士団ではダメなのか?」

「近衛騎士団は陛下や王族の方々をお守りするもの。

 私はこれから完全な無防備になるため、守ってはくれないでしょう。

 この時を敵に狙われればひとたまりもございません」


 チッと国王は舌打ちした。

 リカルドは近衛騎士団はいつも通りの警備をした方が人目につかないと諭した。

 これ以上ここに人を寄せ付ければ、人目を引き情報が漏れやすいからだ。



「ああ、あと父もお願いします。

 親子間ならば、魔力譲渡できます。

 母はさほど魔力が多くないので必要ありません」

「私の近習がいなくなる」

「……陛下のお側には他にも優秀な方々がいらっしゃるかと存じます」



 リカルドは舌打ちしたいのはこっちだと思った。

 先王の延命のために『癒しの光』か、『魂の浄化ソウル プリフィケーション』が必要になる。

 それを切れ間なくかけ続けなければならないのだ。


 術者を探すのに何日かかるかわからないというのに、一体どういうつもりだと怒鳴りつけたくなった。

 だが体力と時間の無駄なのでしなかった。


「この延命措置の間に、陛下は術者を探してください。

 手がかりは先王陛下の本当の名を知ることのできる人物と関わりがあるはずです。

 本来ならば近習であった私の祖父以外は知らないはずですが、ご親類や身近な女性、側仕えなどが知っているかもしれません。

 それからフジノ師が呪いの解析が出来なくば、魔族の力を借りる必要もあります」


「魔族だと!」

「ええ。魔族の中には魔眼を持つものがいると聞きます。

 私の見分が許されないのならば、彼らの力を借りるしかないでしょう」

「フン、その時になったら呼びつけるわ。

 その前にハインツとレントを呼べ!

 あと子どもたちに呪詛の件を知らせておけ」


「かしこまりました。

 それでは準備が整うまで私は魔力を使うのを控えます。

 これにて御前おんまえ失礼つかまつります」



 そしてリカルドはサミーに指示を出し、不安に陥っているであろう王子と王女の元へ向かうのであった。


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 トーマスは第137話で名前だけ出ています。

 リカルドとは母親の違う兄です。

 エマとは血は繋がっていません。



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