第357話 美への執着
ハルにいの勧めもあり、私は剣術の無料講習を行くのを止めた。
無料講習の時間は決まっているのでコナーさんに待ち伏せされてしまうからだ。
冒険者なら冒険者ギルドで話しかけるのが、一番おかしく見えない。
それでケアリー先生には多忙のため講習会に行けなくなったと手紙でお伝えした。
それに本当に仕事はたくさんある。
リュミエールパッド(略してリュミパッド)の新しい使い方を思いついたのだ。
それはメアリー・ティムセンのリュミパッドの感想文からだった。
リュミパッドのいいところの中に靴擦れが治るのが早いというものがあった。
靴擦れが治りにくいのは何度も何度も同じところが当たるからなのだから、保護してれば新たに擦れないから直りは早いはずだ。
そう思ったけれどもう少し詳しく聞いてみた。
「うーん、また擦れないせいじゃなくて、普通の傷より治りが早いの」
「そうなの?」
「それに蒸れないんだけど、足の裏がしっとりする」
それは私自身も感じていたことだ。
私のパッドはレインボースパイダーで出来ているからかと思ったら、水属性のマジックスパイダー製のメアリーのパッドもそうだったのだ。
それで私も水属性のパッドで試してみたら、それも同じ効果があった。
自分で体験して分かった。
これアクアキュアに似ている。
次に試したのがアシュリーだ。
アシュリーは平民なのに金髪に青い瞳の貴族的な美男子で、そんじょそこらの貴族より高貴に見える。
そしてうんとモテる。
アシュリーが平民でさえなければ、近衛騎士にだってなれそうなくらいだ。
そのせいか騎士学部の男子の反感を買っていて、顔をよく狙われる。
同じ学部のマリウスよりも生傷がたえないのだ。
今回も薬草片手にやってきて傷を治してほしいというので、実験に手伝ってくれたら傷も治すし、お弁当をつけるというと喜んで手伝ってくれた。
頬についた傷にリュミパッドの薄くしたものを張り付けると、2日でパッドはポロっと落ちて傷が治っていた。
アシュリーの実験に自信を深めたので、さらにクランの方々の協力を得て、私とモリー以外のヒトが作ったリュミパッドでも同様の効果があるか調べた。
効果は上々。
特に治癒ができる人の光魔法で出来たパッドには、その部分の肌のきめが細かくなってつるつるになることも発見した。
それで傷跡の残っている人に当ててみたら、傷周りの引きつれが緩和され、黒ずんでいた部分も薄くなっていた。
それでビアンカさんにこれの製品化を相談した。
生活雑貨はビアンカさんが担当しているからだ。
「エリーちゃん、これはとんでもないものをつくったかもしれないワ」
「えっ? ダメですか?」
「ダメじゃないの。良すぎるのヨ」
「あの私、怪我を治したり、傷跡を消したりするのにいいと思うんですけど」
「バカネ。それ以上にしわやしみがとれるのヨ。
女が美容にどれだけお金をつぎ込むと思ってるの?」
そうか、引きつれや黒ずみが消えるということは、しわやしみもそうなのか。
「一番問題なのは聖属性魔法の美容効果ネ。
前々から言われていたのヨ。
教会に身を捧げた聖職者たちはなかなか老けないし、長命だってネ。
こんなものを発表したら、治癒魔法の使い手たちがみんなリュミパッドを作る羽目になるワ」
「そんな……」
でも確かに、ラインモルト様は現在の王の
80歳は越えているのにとてもお元気で活動的だ。
「聖属性魔法には祈りの力がこもっていればいるほど強い効力が発揮されるワ。
ソフィアちゃんなんてそうヨネ」
「はい」
「金銭目的で魔法を使い続けることで祈りの力は失われてしまうの。
それはその魔法士が治癒魔法を失うことになる」
「でも私の言った医療目的なら、それに自信を失ったヒトがきれいになることで自信を取り戻すのはいいことだと思うんです」
私が思い浮かべていたのはユナだ。
少なくともユナは女優になってから自分に自信を取り戻して生き生きしている。
ビアンカさんはため息をついた。
「みんながみんな、エリーちゃんみたいに心の優しい真面目な子だったらネ。
アタシはリュミパッドを手に入れるためにどんなことでもするヒトもいると思う。
それこそヒト殺しも起きるかもしれないワ」
そんなに?
「女はネ、美しくあることに執着するの。
最初は夫からの愛を取り戻したいとか、それなりに理由があるのヨ。
でもだんだんその理由が失われて、美の追求だけになることもあるワ。
アタシの知ってるある女は、美しくあるために若い女を殺してその生き血で風呂に入って美を取り戻そうとしていた。
その子はアタシが愛して、眷属にしようと思っていた相手だったの」
「ビアンカさん……」
「とにかくこれは出しちゃダメ。
聖属性魔法を持つ子が誘拐されてリュミパッドを作る奴隷にするぐらい、美に執着するヒトならできるワ」
「すみませんでした」
「これからは治癒魔法を使える子にリュミパッドの製作は頼まないこと。いいワネ」
「はい、そうします」
ホッとしたようにビアンカさんは微笑んだ。
でも私は疑問に思ったので、聞かずにいられなかった。
「あの、ビアンカさん。
ビアンカさんはきれいになる方法をたくさんご存じじゃないですか。
どうしてなんですか?」
「……それはね、その子と知り合ったときに彼女は40歳を過ぎていたの。
とても美しい子だったワ。
若いときの美しさと歳を重ねた美しさは質が違うの。
でもアタシは年を取らない魔族だから、気にしちゃってネ。
眷属になれば老いるスピードが格段にゆっくりになると説明したけど、それならなおさら今よりも若く美しい状態になりたいと思ったの。
その結果が血の風呂ヨ。
だからヒトの命を奪わなくても美しくなる方法があれば、その子が止めてくれるんじゃないかと思ったの。
アタシはたくさんの文献を読んだし、いろんなヒトに実践したワ。
でも止めてくれなかった。もう美に狂っていたのヨ」
ああ、私ったらなんてことを聞いたんだろう!
涙が自然とあふれてしまった。
「ご、ごめんなさい、ごめ……」
「いいのヨ、泣かないで。
そんな話を聞いたら、何でアタシが美を追求してるのか知りたくなるワヨネ」
ビアンカさんは優しく背中をさすって、慰めて許してくれた。
従魔のみんなも私に寄り添ってくれた。
「誰にだって過去はあるものヨ。
アタシから話したんだから、気にしないで」
「でもビアンカさん、女性が好きだったんだ」
モカがこんな時に無神経なことを言う。
するとビアンカさんは意味深に微笑んだ。
「美しい者にとって、性別など
そして色っぽいウインクをモカにすると、モカがその色香にくんにゃりして倒れ込んだ。
ビ、ビアンカさんの色気はすごい破壊力です。
「そうそう、エリーちゃん。
美容目的はダメだけど、ブーツ用の中敷きは作ったらどうかしら?
これつけると中が蒸れないから清潔に保てて、水虫が悪くならないらしいの」
「水虫ですか?」
「フフフ、水虫除けの中敷きを顔に当てる女なんかめったにいないワ。
体形補正も使っていることをみんな明かしたくないだろうしネ。
イメージを悪くすることで、美容から目を反らすのヨ」
ビアンカさんの提案を進めていただくことにして、リュミパッドの新製品案は出来上がったのだった。
ただモカは次の朝まで、くんにゃりしたままだった。
心配でドラゴ君に聞くと、ビアンカさんに魔力を限界ギリギリまで吸い取られたらしい。
ヴァンパイアって魔力吸うんだ……。
でもモカの魔力って、たしか10万以上あったような……。
いや考えないでおこう。
あのウインク、お仕置きだったのね。
ヴェルシア様、美への執着って恐ろしいものなのですね。
私もいつかそうなるんでしょうか?
でも私は年配の方の優しい笑い皺なんかすごく素敵だと思うのです。
優しい気持ちを大事に出来ますよう努力いたしますので、見守ってくださいませ。
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ハンガリーの吸血鬼伝説の元になったエリザベート・バートリの逸話をお借りしました。
くしくも同じエリーさんです。
もちろんビアンカさんの彼女は冒険者に討伐されました。
リュミパッドの使い方の元はキズ〇ワーパッドです。
湿潤療法の考えから頂きました。
キ〇パワーパッドに美容効果があるかは存じません。
すでに市販したリュミパッドは品質を均一にするため、効果が強すぎるものははねてありました。
メアリーのはエリーとモリーの共同制作のため、効果が他のパッドより顕著でした。
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