第328話 人としての信用


 マスターの言葉に私は、喉に何かが詰まったように返事が出来なかった。



「どうやら今回の聖女騒動は相当な亀裂を生んだようだ。

 セルキーたちは人間が信じられなくなったそうだ」

「……それはどうしてですか?」

 かすれたが何とか声を絞り出せた。胸の痛みは取れなかったけれど。


「聖女が彼らを物扱いにした。

 それも無礼だったそうだが、それ以上に長年付き合ってきたルエルトの人間たちの態度が許せなかったらしい。

 即刻港を使えなくしようかと思ったほどだったそうだ」



 これまで対等にやってきたと思っていたが、聖女は神が遣わしたものだからと彼らを侮蔑するまどかさんを止めたり、いさめたりする人はいなかったらしい。

 しかもかしずくことを断ったのに、セルキーの王様に対して聖女にもっと丁寧にしてくれとぞんざいに頼んできたという。

 これ以上ないほど丁寧に接したと伝えると、卑しい笑みを浮かべてそちらがそのような態度を続けるなら、こちらも考えがあると脅すようなことを言ったそうだ。



 私はダンジーさんからルエルトのことを初めて聞いたとき、そんな素敵な所があるのかと胸を躍らせたものだった。

 そこでみんなと過ごせたらどんなにいいか、そしてルシィが素敵なお嫁さんを見つけてくれたら素晴らしいと思った。

 それがたった一人の存在で崩れるなんて……。

 ううん、元々人間の方にセルキーたちをあなどる気持ちがあったのだろう。



 ルエルトは天然の港になっていて、セルキーたちが海の魔獣たちと戦ってくれることで平和が保たれていると聞く。

 つまり彼らが海の魔獣を止めなければ、港は使えないのだ。



「だが港が使えなくなればすぐにでもセルキーたちは討伐されることになるだろう。

 そして、もうルエルトは使えなくなる。

 だから王は我慢をしてくれた。

 ちょうど聖女が王都に行くので浮かれていたのも良かったらしい。

 さほど付き合わずにすんだそうだからな」


「それでなぜルシィを渡さないといけないんですか? 

 会いに行く約束はしました。

 でもあの子はまだ赤ちゃんなんです。

 私から引き離したら傷つきます」



 マスターは言いにくそうにしていたが、

「次代の御子が生まれるはずなのに、ダンジョンにもセルキーたちの産んだ卵にもいなかったから、彼らはずっと探していたんだ。

 セルキーは生半可な魔力や愛情では孵化しない。

 しかも御子レベルになると群れのみんなで面倒を見てやっとなんだ。

 それで卵市場を回っていたがいつも空振りでな。」


 

 そういえば私と卵商人のタミルさんが出会ったのは去年の3月だ。

 その時にルエルトダンジョンで見つけたんだと思う。

 だから私が今年の1月に買うまで10か月も孵化してなかったんだ。


 ロブは返品されたからって安くしてくれたけど、その返品が1回でなかった可能性だってある。

 卵の価値を見抜くタミルさんとロブがお墨付きを与えるくらい、ルシィの卵の価値は高かった。

 みんなが欲しがらないはずがない。


 たくさんのヒトがルシィの卵に魔力を与えたけど孵らなくて、ルシィが私を選んでくれたから生まれてきてくれたんだ。



「だが今回ダンジー亀翁きおうが御子がお前の元ですくすくと育っていることを伝えたそうだ。

 初めは御子の無事を喜んだが、人間が尊い身を従魔として服従させていると怒りだしてな。

 ダンジーはセルキーたちに支配者というより、よい養い親だと伝えたのだが……。

 だが彼らは次代の王が人間に洗脳されるのを恐れているのだ」


「私が人間だから信用してもらえないんですね」

「俺もお前の人格は保証すると言ったが、なかなかかたくなでな。

 彼らは今回の屈辱で戦いも辞さない覚悟なのだ。

 だが数の力に負けるだろう。

 俺は古い友であるセルキーたちを失いたくない」


 それは私だってそうだ。ルシィと同じ種族の方々を苦しめたくない。だけど……。



「……従魔は卵を孵した最初の主とは離れられないと聞きます。

 私は死なないといけないんですか?」

「そこまでしなくてもよい。主と従魔が合意すれば、従魔関係は解消できる」

 合意……。そんな合意できない。


「もう少しあの子が大きくなってからじゃいけないんですか? 

 ルーは本当に甘えん坊なんです……」

 涙が止まらなかった。


「時がたてばたつほど、離れるのが辛くなると思うぞ……」

 すまないと、マスターは私に謝ると抱き寄せて胸を貸してくださった。

 私は落ち着くまでしばらく泣かせてもらった。



「それはいつまでに行かないといけないんですか?」

「出来るだけ早くに。だが1日くらいはいいだろう。

 明日1日はずっと側にいてやるといい」

「セルキーの方々にご挨拶はできますか?」

「……話は通しておこう。親として当然のことだからな」



 皆の元に戻って寝支度をすませて近寄ると、みんなはエンドさんの寝床でくっついて寝ていた。

 香りのよい干し草のベッドはとても寝心地がよさそうだ。


 エンドさんの背の上にモカが寝ていてその上にルシィがいる。

 モカのお腹が大好きだもんね。

 モカは寝相が悪いんだけど、ルシィはちゃんと上手くお腹の上にずっといるのだ。

 いつもそれを見ると微笑ましく、幸せな気持ちになった。


 私の愛しい従魔たち。

 離れるなんてない。

 もしあってももう少し大きくなってからと思っていたのに……。

 眺めているだけで涙がこぼれて、そっと袖口で拭った。



「エリー……、どうかしたの?」

 ドラゴ君が私に気付いてむにゃむにゃと起き出してきた。

「ドラゴ君、寝てて。私も寝ようと思ったところなの」

「うん……」


 とにかく眠ろう。

 そして明日1日をめいいっぱい楽しもう。

 ただルシィやみんなになんて言ったらいいのか思いつかなかった。



 ヴェルシア様、私は主いえ、母としてルシィに何をしてあげられるでしょうか?

 どうか、あの子にとって一番良い道をお示しくださいませ。


 どうか……、どうか……。





 

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