第326話 気づき


 みんなに連れられて別の階にいくと、そこは草原だった。

 そこには色とりどりの羊たちが空を飛んでいた。

 フライングシープたちだ。


 ほとんどは普通の生成りや茶色の毛色なのだが、ときおり魔法属性を帯びた特殊個体が生まれる。

 普通の毛色でも付与が効くので人気の素材だ。



 魔法学校の制服はこの素材を使われていることが多い。

 大体は付与が1,2個はいればいい。

 普通は汚れ防止か、成長に合わせて伸びるようにされている。


 私の制服の生地は特注で、わからないように別の素材と二重に織られているので、私が掛けたような複雑な付与がつけることが出来るのだ。



 それにしてもここがダンジョンの中だなんて信じられない!

 この草の青青しい香り、栄養がたっぷりのフカフカの土の匂い、吹き渡る風には甘い花の香りもする。

 モカのシークレットガーデンにとてもよく似ている。



 すると遠くから、エリーと私を呼ぶ声がした。

 見てみるとジャッコさんが、大きなとても美しい牛系魔獣を連れていた。

「久しぶりだな、元気だったか」


 そういっていつものように私を抱き上げて、体重を測った。

 ジャッコさん、私しばらくは成長できないんですけど。

 もちろん、ちゃんと説明もしたよ。



 そして軽いなという言葉と同時に口の中に飴を入れられた。

 なにこれ……すごくおいしい! こんなにおいしい飴は初めてだ。


「ほら、おめえらも全員口を開けろ」

 いつもは素直じゃないドラゴ君も、もちろんみんな全員口を開けた。

 そしてジャッコさんは素早く全員の口に飴を放り込んだ。


「うめぇだろ。ミルクキャラメルだ。

 この農場で一番うまいエウロペのミルクで作った最高級品だぞ」



 側にいる牛系魔獣がエウロペさんで、ミルキーウェイカウという種族らしい。

(ジャッコ、この子なに?)

 なんだかチロリとこちらを見ている。警戒されてる?


「ビリーのこれ」

 ジャッコさんが小指を立てて、そういうとエウロペさんのご機嫌が直ったようだった。

 っていうか、それって彼女って意味ですよね。

 ものすごく光栄だけど、まだ彼女じゃないです‼



「なに嘘を教えてるんだ。エリーは俺が世話してる子どもだ」

 マスターが笑いながら近寄ってきた。

「いいじゃねーか、別に。エウロペは人間が苦手だからよぅ。なぁエリー」

 えっと、返事し辛いです!



 聞けばエウロペさんの種族は、おとなしくて美味しいことから人間に狩りつくされそうになったそうだ。

 それでマスターを頼ってこのダンジョンにやってきたという。

 エウロペさんはまだ生まれて間もない赤ちゃんだったそうだが、それでもその時の草原に火を放つ恐ろしい人間の姿が忘れられないという。


 なんだか申し訳ありません。



「でも牛系魔獣は飼いならせないって言いますよね?」

「人間にはな。それに俺たちも飼いならしているつもりはないぞ。

 安全な場所を提供している代わりに、ミルクや毛をもらっているだけだ」

 そうなんだ。

 よく考えればお菓子店で使うバターの量と、牛系魔獣の肉の量が釣り合わない。

 バターは毎日すごい量を使うのに、お肉は年に数回口に入る程度だ。


「つまりこのダンジョンは、」

「そう、『常闇の炎』の農場部門だ。

 ここでみんなにストレスなく楽しく暮らしてもらう。

 それで俺たちは上質な素材を手に入れる。

 ユーダイ風に言えばWin-Winの関係ってやつだな」


 Win-Winの関係とは取引でお互いに利益がある状態のことで、非常にうまくいっている関係を指すのだ。


「広さには限りがないんですか?」

「ああ。俺は魔法の天才だから」

 マスターはそう冗談めかして言ったが、それが簡単なことじゃないのはよくわかった。



 空間魔法の使い手には私の叔父にあたるハミル様とクライン様がいる。

 クライン様が地下にプールを作ったときも驚いたが、これはその桁ではないのだ。

 それは上級魔族だからですませていいのだろうか?

 同じ上級魔族のビアンカさんやジャッコさんもここまではないような気がするのだ。



 それが意味することは1つしか思いつかない。



 ううん、マスターが私たちに侵略戦争を起こそうとするなら、ユーダイ様が亡くなってからいつでも起こせたはずだ。

 でもそうしないで、みんなと共存する道を選んだんだ。

 元はユーダイ様のお考えからかもしれないけど、お亡くなりになって100年以上たつ。

 もうすでにマスターのお考えになっているはずだ。



「それにしてもビリー。思ったより時間がかかったな」

「それがダンジョンコアのヤツがきれいな湖だって言ってんのに、おどろおどろしい沼を作りたがるんだ。

 いいデータがあるんですって沼じゃねぇって言っても聞かねぇし。

 とにかく満足させてから湖にさせた」


「それな。俺ももっと強そうなバージョンありますって、なんかおかしなところにいっぱい目があるの姿見せてきてよ。

 いい加減にしろって言うまで止めなかったぞ」


 ちなみにおどろおどろしい沼にしても、瘴気が発生するわけではないそうだ。

 だからそこにすむ魔獣には問題ないそうだが、マスターの気分的に嫌だったのだ。

 それにしてもダンジョンコアさんはジャッコさんを何にしようとしたんだろう?



「ダンジョンコアさんにはお名前はないんですか?」

「ある。だが秘匿している。

 ときおり名前で呪術をかけるヤツがいるからな。

 そんなもので相手の手に落ちることはないが、面倒くさいだろ」


「じゃあ、聞かない方がいいですね」

「お前がクランマスターになったら教えてやる」



 そんな日が来ないことを私は知っている。

 私はエマ様を連れて、家族でこの国を逃げないといけないのだ。


「あのマスター、私ご相談があるんです」

「ドラゴから多少は聞いている。とにかく場所を変えた方がよさそうだな」



 そういってマスターがぱちりと指を鳴らすと、今度は石造りの部屋の中に立っていた。


------------------------------------------------------------------------------------------------

ミルキーウェイカウはギリシャ神話のヘラとヘラクレスの逸話から、エウロペは牡牛の姿に変えたゼウスに誘拐された王女の名前から頂きました。

イーオーにしようか迷ったんですけどね。


きれいな牛だからと近寄って誘拐されるなら、エリーはヤバいですね(笑)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る