第306話 青いスイカズラのパン
みんなと相談してエマ様に真珠を見せるのはもっとよいものが見つかってからにすることになった。
でもどうしよう?
今回のお土産が見つかっていない。
その夜父さんに相談すると、
「うーん、名物ってほどじゃないんだけど、メロンパンはセードン名物になりかけているぞ」
父さんはみんなに作り方を公開したので、いろんなお店が作っているそうだ。
「王都でルードさんも作っていたけど」
「あちらでは貴族向けにケーキ風に間にクリームを挟んだり、花の形にしているそうだ。パンよりもクッキーがメインだな」
「へぇーそうなんだ。私知らなかった」
「ルードさんが時々店に寄ってくれるんだ。エリーの話もしてくれるしな」
なんとルードさんは一時父さんにデニッシュの作り方を教わりに来てたんだって。
モカはルードさんにも簡単な作り方を教えていたのでご自分で研究されてたんだけど、父さんのと食べ比べて「こちらの方がおいしいです」と週1回の押しかけ弟子になっていたそうだ。
さすがルードさん、食のためなら労力は惜しまないですね。
「メロンパンはともかくデニッシュはバターをたくさん使うからな。
貴族向けのお店で売ってもらう方がいいと思うんだ。
マリアのこともあるから、貴族とはあまり付き合いたくないしな」
お世話になっているとはいえこのセードンの領主夫人は母さんの知人だ。
母さんはルエルトに行ってしまったけど、用心に越したことはない。
「明日の分の仕込みを手伝うときに、メロンパン一緒に作っていい?」
「ああ、いいぞ。それから、近くの山でとれる青いスイカズラのジャムもある。
あまり王都には流通してないって聞いたぞ」
「それもいいね! 明日が楽しみ♪」
「エリーが来てすぐ帰るのは寂しいが、また来週も来るんだろ」
そうだ、母さんがルエルトに行ってしまったから、父さんは一人になるんだ。
その気持ちが顔に出たのか、父さんは私の頭を優しくなでた。
「父さんの心配はしなくていい。
仕事は忙しいし、母さんとエリーの安全が一番だからな」
「うん、ありがとう。父さん、大好きよ」
そのあと、父さんとパンの仕込みをした。
父さんの特製酵母は、ゆっくりと時間をかけて発酵させるのがおいしい。
今は夏だから外に出したままだと過発酵するので、冷蔵できる魔道具に入れる。
冷蔵箱の中に手を入れると、効きがあんりよくなかった。
調べてみると魔道具につけてあった魔石の効果が弱くなっていた。
おじいちゃんの時代の古いものだけど、魔石は大きめでしっかりしているので氷魔法の付与をつけ直しておいた。
氷魔法を教えてくれたドラゴ君に感謝……。
私、本当にドラゴ君に教わったのかな?
ドラゴ君は樹魔法以外のすべての魔法がつかえるけど、あまり繊細な作業にはむいてない。
物を凍らせるときは少しの衝撃で粉砕してしまうぐらい凍らせてしまう。
最近は繊細な魔法を使うように頑張ってくれているけど、教えてもらったのは会ってすぐの時だ。
私が習ったのは魚を薄く切れるように半冷凍状態にするものもあった。
それには細かな魔力操作が必要だと習ったような気がする……。
「ねぇ、エリー。メロンパンに名物のスイカズラジュースを混ぜ込んだらどう?」
「あっ、ごめんモカ。何にジュースを混ぜるって?」
「パンの生地をこねる水をジュースに置き換えるの。
そしたら色付きのパンが出来るでしょ。同じようにクッキーも色付けするの。
フルーツの味がしておいしいよ」
「そっか、メロンを入れてもいいって言うのは果汁のことだったんだね」
初めて作るので売り物にならないかもしれないから、青いスイカズラの果汁を混ぜたパン生地を少しだけ作った。
だが父さんに果汁をクッキー生地に混ぜ込むのは、もっと研究してからじゃないとダメと言われた。
「今の生地でちょうどサクサクするように作ってあるんだ。
水分が多くなると食感が変わってしまう」
そうなると、ジャムを混ぜ込むのもダメだな。
「干した実を入れるのは?」
「干したものを見たことがないな。
自然に生えているものを収穫して、ジャムやジュースにしたものが来るんだ。
多分、持ってくるときに潰れることを気にしないためだろう。
そもそもたくさん獲れないだろうから、干したものはあまり作っていないんじゃないか?」
なるほど、難しいな。
でも父さんの目が生き生きしている。
きっとこのスイカズラパンを完成させたいと思ったんだ。
研究熱心な父さんになら絶対いいものが出来るに違いない。
「干した実がないか、今度商人ギルドで聞いておくよ」
「ありがと。今回はこの果汁入りの生地と普通の生地で2つ作るね」
翌朝、生地がいい感じに発酵していたのでパンを焼いた。
味見したスイカズラ生地のパンは甘酸っぱかった。
もしかしたらこの果物は酸っぱいのかもしれない。
だから砂糖を入れた加工品しか流通していないんだろう。
新作パンを商品にするのは簡単ではない。
皆で試食して一応合格点をもらったので、エマ様たちに贈る用に箱詰めして、父さんに挨拶してからみんなで奥の部屋に入った。
ここから本番だ。
私をモカのシークレットガーデンに入れてもらって、ドラゴ君がモカとモリーと一緒に王都へ転移するのだ。
今回の旅の最大の目的は王都の守りがどれほど効果があるのかを調べるためだ。
何人たりとも侵入させないというヴァルティス神の王都にくださった加護が、モカのシークレットガーデンの中にいる私にも適用されるかが知りたい。
ドラゴ君とモカはマスターの従魔だし、モリーも『常闇の炎』の従魔なので、クランにある召喚場で出入りできる。
だが私は人間なので、ヴァルティス様の御力で普通ならば弾かれる。
でも聖獣であるモカのあの神聖な庭の中ならば大丈夫なのではないだろうか?
適応されずに王都に入れたら、成功。
適応されて王都に入れなかった場合は、王都近くの村の乗合馬車に乗って王都入りする。
もしこれが使えるなら、エマ様を外国まで安全に連れ出すことが出来る。
ああ、どうかうまくいきますように。
ヴェルシア様、どうぞ私たちをお守りください。
ヴァルティス様、私は裏技を使って王都に入ろうとしていますが、決してヴァルティス様や王都に
どうか、どうかお許しくださいませ。
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青いスイカズラ、ブルーハニーサックル。別名ハスカップです。
北海道の名物です。
だから山の涼しいところで採れることにしました。
フィクションです。
*
12月10日発売しました。
タイトル:『錬金術科の勉強で忙しいので邪魔しないでください』
著者名: 詩森さよ
Illustrator: kgr
出版レーベル: カドカワBOOKS
出版社: 株式会社KADOKAWA
ISBN:9784041109564
価格:¥1,200(税込み¥1,320)
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同じKADOKAWAですが、カクヨムではないのでリンクが貼れなくて申し訳ございません。
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12/24
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こちらもどうぞよろしくお願いいたします。
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