第254話 2回目の新緑祭


 今日はとうとう新緑祭です。

 ロブとやっと会える、約束の日。



「やっぱり忙しいわね。エリーちゃん、新しいの、200焼いてくれる」

「はい! 明日の生地も作っておきますね」

「よろしく。それ終わったら上がっていいから。」


 菓子店のリーダー、ライラさんの指示を受け、私はマドレーヌを200個焼いて、明日用の生地を作っておく。

 午後には他の職人さんが来てくれるけど、生地は時間をかけてじっくり寝かした方がおいしくなるから、今作っておけば明日の早朝に焼いておいしいはずだ。



 去年はマスターとみんなで箱詰め作業したなぁ。

 まだミラは生まれたてで小さくて、よく眠っていたから部屋に残していたんだった。

 それからハルマさんたちと会って、ミラを従魔登録したからミラの登録記念日でもある。


 なんだかその日にシーラちゃんの登録もするなんて。

 これから毎年新緑祭は嬉しい日になる。


 ミラのお誕生会とシーラちゃんの歓迎会は明日することになっている。

 ロブが参加できないのは残念だけど、ロシュフォール公爵家に仕える前の日は家族水入らずがいいよね。



 私は出来るだけ手際よく仕事を終えた。

 制服からワンピースに着替え、髪に防具だけどすごくかわいいリボンカチューシャをつける。

 そうしているうちにみんながお迎えに来てくれた。



「そういえば去年はサンディーちゃんとファルフさんと回ったね」

「そうそう串焼き初めて食べた」


 私とドラゴ君が思い出していると、

「ズルい! あたしたちも食べる!」

「にゃにゃ!」

 モリーはドラゴ君の肩の上でフルフルしている。


「ロブと会って、時間があればぜひ食べよう」

「やったね!」

「ただすごい人込みなの。モカとミラとモリーはドラゴ君のカバンの中に入ってて。はぐれたら困るから」

「え~、ちょっとお祭り見たかったな」

「ロブが予約してくれたお店から見られるそうよ。

 モカはさらわれるといけないから安全なところしか外に出ちゃダメ」

 モカはちょっと口を尖らせていたが、わかってくれた。


 ドラゴ君がみんなをカバンに入れて、出発だ。

「それじゃあ皆さん、お先に失礼します」

「はーい、エリーちゃん、いってらっしゃい」

「デート頑張って♡」

「もう! そんなんじゃないですよ~。いってきまーす」



 ロブと約束していたのは冒険者ギルド前だ。

 パレードが通るルートから少し外れているから、人出はあるけれど混雑というほどではない。


 すらっとした黒髪の、少年というには少し背が高いロブが少しうつむいて立っていた。

 私と会ったときよりも背が伸びたよなぁ。


「ロブ、お待たせ」

「エリー……」


 あれっ? 顔色が悪い。

「ごめん……、ごめん」

ロブがふらふらっと私に近寄る。

「どうしたの? ロブ」

「シーラが、シーラが親父に売られちまった……」

 なんですって?



「そんな、そんなシーラちゃんが? 嘘でしょ?」

 ロブは首を横に振った。


「どうして? ロブの言うことしか聞かないのに……」

「俺より強い魔法士に売ったみたいなんだ。

 俺は未成年で、俺の従魔を含めた持ち物は保護者に所有権がある……。

 その前も行動制限されてたけど、水の日にエリーに手紙を出してから俺、ずっと軟禁されてて……。

 今日もエリーに手切れ金渡すって言って何とか出てきたんだ」


「手切れ金なんて、そんなのいらない」

「ごめん、それしか出る言い訳がなかったんだ」



「とにかくロブ、冒険者ギルドでお茶が飲めるから、そこで話聞くわ。

落ち着いてちゃんと話して」


 冒険者ギルドにはお酒やお茶の飲める酒場がある。

 ここで攻略パーティー組んだり、作戦の相談をしたりする。

 立ち飲みだけど、隅の方なら話を聞かれにくいはず。



「それでロブ。シーラちゃんはいつ、誰に売られたの?」

「わからない……。水の日にチラッと黒いローブの男を見ただけだ」

「心話では探せないの?」


「シーラが連れていかれるときに俺のことを呼んで、俺も助けに行くって叫んだら、ブチって切れたんだ。

 こんな長い期間シーラと離れたことなんてなかったから、俺不安で」


「売った人はロブのお父さんしかわからないの? 他のお店の人は?」

「メイドが案内したけど、名前は知らないって」

「そう……」



 私はドラゴ君を振り返った。

「シーラちゃんと心話できる?」

「全然だめ。ここのところずっとだし」


「ああ、俺がロシュフォール公爵家に行ってる間はシーラに眠ってもらってたんだ。

 みんなシーラの世話ができないから。

 シーラの側にいられるのも今だけだからせめて夜だけでも一緒にいたくて。

 こんなことならもっと早くエリーに預けていればよかった」


「そんなの、家族なんだもの。できるだけ側にいたいのは当たり前じゃない」

「俺……どうしたらいいか……」



「ロブ、シーラちゃんは私が探す。私がその魔法士から買い取る。

 もしかしたらマスターにお願いするかもしれないけど。だから」

「ダメだ。エリー」

「どうして?」

「相手は多分、魔族だ……」


 ロブはそう言って頭を抱えて膝をついてうずくまった。

 私はロブの背中をさすった。それしかできなかったから。



「大丈夫! 

 ウチのクランは魔族もいるの。魔族同士なら話を聞いてくれるかもしれない。

 それで交渉してもらうよ。魔族の魔法士ならもしかしたらクランのみんなが知ってるヒトかもしれないよ。あきらめちゃだめよ」

 ロブは泣いていた。


「ダメだ、多分そいつはエリーを苛めるように言った張本人なんだ」


 えっ? それってどういうこと?

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