第219話 ディアーナ殿下の申し出
朝目覚めると、ドラゴ君とモカがドラゴ君専用ベッドで眠っていた。
良かった、無事だったんだ。
みんなを起こさないようにそーっとベッドから抜け出し、身支度して、みんなの朝食と昼食を作る。
大体は仕込んであるので、パンを切って具を挟んだり、鍋を温めるだけだけど。
香りが立ってくるといつもはドラゴ君が起きてくるのだが、今日はモリーが一番最初に起きて私に近寄ってきた。
ちゃんとドラゴ君やモカを起こさないように遠回りしてくれてる。
モリーは優しい賢い子だ。
ソルちゃんに騙されたとはいえ、とてもいい子とご縁が出来て良かったと思う。
まだローザリア嬢とのことは残ってるようだけど、この子は私が守らないといけない。
ミラも起きてきて私に朝の挨拶をする。
鼻チューだ。
モリーにも鼻をこすりつけていた。
ミラもモリーのこと気にいってるのね。よかった。
鼻チューは多分異世界の言葉だ。
私が知っているのは、ケット・シーを相棒にした勇者の物語を読んだからだ。
父さんは勇者の英雄譚が好きで、外国で活躍したヒトの話も読んでいる。
支度が終えてミラとモリーとだけで食べたが、ドラゴ君とモカは疲れ切っているようで起きなかった。
「ミラ、私はお向かいの教会に行くだけだからこのまま寝かせてあげて」
「にゃにゃー!にゃにゃにゃ!」
だけどミラは大きな声を出してドラゴ君を起こしてしまった。
「……ミラ、ありがと。エリー、一人で出たらダメ」
「でも教会だけだし」
「教会ダンジョンにリッチなんて出ないんだったよね。暗殺ギルドに狙われてるかもしれないんだよね。こないだも変な女の子たちに絡まれてたよね」
ドラゴ君は眠い目をこすりながらもパジャマを脱いで、いつものシャツとサスペンダーパンツを身に着けた。
「ほら、いくよ」
「せめて何か食べたら?」
「魔獣は少しくらい食べなくても平気なの」
ドラゴ君は警戒を怠らない。
「エリーは危機意識が薄いよね。
これだけ事件が起こってるんだからもっと自分を大事にして」
「ごめん」
私たちは教会に向かって歩いて行った。
「昨日の件はなんとかうまくいったから」
「うん、よかった」
「詳しくは後で話すね」
エンドさんのことが落ち着いて、モカの他の家族が見つかるか、こちらにいないとわかれば一安心だ。
そしたらモカが夜中に寂しくなって、ひとりで泣いたりしなくてよくなるんだ。
私はそのことが嬉しかった。
◇
今日は朝から攻撃魔法の授業だ。
3学期になって、授業内容にテコ入れがあった。
クライン様が申し入れたのだ。私も従者としてついていったから知っている。
それで使い魔を持つことを止めたことだけでなく、対戦式で攻撃魔法を使うのは止めになった。
「学生の内、半分以上が戦闘向きではありません。
向いていないものに実践的な戦闘訓練を施すのは時間の無駄です。
彼らには自分たちを自衛できる程度の魔法を覚えてもらい、今後もしもの時に動けるように体力は付けてもらうことにすればよいのです。
体力があれば健康でよく働くことも出来ます。
そして本当に必要だと悟れば戦うことも出来ます。
必要もないのにやらされているでは駄目なのです」
実際、魔力の弱いティムセンさんなんかは授業の時に集中砲火で可哀そうだった。
同じ平民でも私は付与魔法のおかげで結構避けれるし、冒険者として戦える。
だから楽に勝てる相手として彼女が選ばれてしまったのだ。
半泣きになっているのをマリウスが慰めているのを見たことがある。
私も慰めようかと思ったら、ジョシュがそっとしておこうというので止めた。
言われて初めて気が付いた。
私に関係のないところで恋愛っぽいことになってるんだな。
というわけで、最近の攻撃魔法の授業は自衛手段が中心なのだ。
今日やったのは目くらましだ。
自分の属性に合った目くらましの方法を学び、これをお互いに掛け合って効果を確かめる。
このめくらましを使うのは、一時的に相手の意識をそらし、逃げるのが目的だ。
だから私たちは結構な頻度で走らされてもいます。
攻撃魔法の授業の後で、私はディアーナ殿下に呼び出された。
私はクライン様に断りを入れて、あの殿下専用の食堂に向かった。
「トールセン、わたくしそろそろダンジョンへ行ってみたいのだけど」
「殿下、冒険者資格はお持ちですか?」
「それがまだ取っていないの。なかなか許可が下りなくて。あなたはDランクだから初心者の指導も行えると聞いたわ」
「指導ができるほどの経験は積んでおりません。それには冒険者ギルドマスターの推薦が必要なのです」
「ならば早くその推薦をとってほしいの」
「恐れながら殿下。殿下ほどのお方でしたら、経験豊富な冒険者を雇うことは簡単かと存じます」
「それが出来ないからあなたに頼んでいるんじゃない」
ちょっと待って。
どうしてできない?
「もしや、王宮では殿下のダンジョン行きは反対されているのではありませんか?」
するとディアーナ殿下は高貴な方とは思えない舌打ちをされた。
「わたくしには王位継承権がある。これが足かせとなってダンジョンへはいけないことになったの」
「それでは私が連れて行ったら、犯罪者になるのではありませんか?」
「あなたはどちらにせよ、貴族にも商人にも嫁げないんだから構わないと思って」
なんてことを言い出すんだ。
それに貴族はともかく商人にも?
「あなた、自分の評判の悪さを知らなすぎるんじゃなくて?
たとえ退学になった女生徒がまき散らした噂でも払拭できていないのだから、それは事実も同然なのよ。
大丈夫よ。あなたを犯罪者にはしないようにわたくしが取り計らうから」
「ディアーナ殿下。それを聞いて、はいわかりましたとは言えません」
「ならばあなたはどうやってこの国で生きていくつもりなの?」
「……それはどういうことですか?」
「あなたのように評判の悪い人間を雇うところなど、もはやどこにもないわ。
自分で店を出す?誰が取引してくれるというの?
平民だからと言って評判は関係ないなんてことはないのよ」
「私は現在仮とは言え、クランに所属していますが」
「『常闇の炎』はいつまでもつかしらね。リッチの件が片付かない限り魔族が主催するクランは白い目で見られているのがわからないのかしら?」
「ディアーナ殿下、それは本当ですか?」
なんてことだ。なんてことを言うのだ。
「だからわたくしが拾ってあげようと言ってるの。わたくしは騎士になりたいの。
王位継承権を失くしてしまいたい。
だけどただ失くしただけでは婚姻の道具にされる。だから実績が欲しいの。
あなたにはその手伝いをしてほしいのよ」
「そのようなことをこの場でお答えしかねます。失礼いたします」
私はその場で食堂から走り去った。
「待ちなさい!」という声が聞こえたが、周りの使用人は殿下の方を止めたようだった。
『常闇の炎』がリッチの件で疑われているなんて!
でも全然そんな様子はない。
みんなニコニコ働いてるし、菓子店だって売り上げが上がってバターの消費が多くなったって聞いてるし。
こないだだって子供たちがお掃除の手伝いに行ったって誇らしげに話してた。
ウソだ。嘘に違いない。
でもそういう考えの人がいるのも知ってる。
私たちにエンドさんを売ってくれない貴族や商人がいる。
そして私たちは彼らからエンドさんを奪取したのだ。
気が付いたら私はクライン様の執務室近くの校庭にいた。
そうだ。この部屋はディアーナ殿下の食堂とは正反対の場所にあるからだ。
あそこから一番離れたいと望んだらここにきてしまった。
ここも嫌だ。貴族なんて嫌。
涙が出てきた。頭も痛い。
「ドラゴ君、お願い来て……」
地面に膝をつき、倒れ込んだ私の側にドラゴ君は転移してきてくれた。
私は体調不良を起こしたと断って、学校を早退した。
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