第218話 エンド救出作戦2 実働部隊


「モカ、この家なのか?」

 ドラゴの問いかけにモカはカバンの隙間から外を覗いた。


「うん、地下に牢があってそこに入れられている」

「なんか嫌な感じがする」

「そうなの?ヤバそう?」

「うん、このまま向かうのはやめよう。ウィル様に相談する」


 ドラゴは心話を使って敬愛する主、魔王ウィルドシアムにそのことを伝えた。



 ドラゴの目を通して魔王の眼でその家を精査すると、エンドの入る地下牢には見張りが何人も立てられて厳重に警備されていた。


「どういうことだ?どうしてこんなに警備がされてるんだ」

「エンドには今日助けに行くけど、いつも通りにしてって言ってあったんだけど」

「いや、エンドのせいじゃないみたいだ」



 ドラゴは建物の上の部屋に目を向ける。


 魔眼で見ると、商人らしい男が黒いケープを着た魔法士らしい男と契約を交わしていた。


「いやぁ、お客様は神の助けでございます。

 わたくし共もあのグリフォンの扱いにはほとほと困っていまして」

「不十分なテイムで客に売りさばくなど、魔獣商の風上にも置けないな。

 それではグリフォンに会わせてくれ。俺がテイムしなおしてやる」

「では早速地下牢にご案内いたします」

「地下牢?」


「はい、なにやらあのグリフォンに心話を使ったものがいるらしく、痕跡が残っていたのです。地下に移しても残っているので相手は相当な使い手のようです」

「または、グリフォンが主だと思っている相手かもしれないな。

 これはテイムしがいがありそうだ。プライドをズタズタにして屈服させてやる」




「ドラゴ君、どうなの?」

「まずい。強力な魔力を持つ男がエンドをテイムしなおそうとしている」

「どうするの?」

「今すぐ転移してエンドをかっさらう」

 そう言ったと同時にドラゴはモカ入りのカバンごと、地下牢へ転移した。



 ドラゴは地下牢に着くなり、魔法をかけた。

「【眠れ】」


 警備の人間が全員眠ったので、モカがカバンの隙間から顔と前足を出して、

「エンド!転移するよ」


 エンドは牢の隙間から前足を伸ばしてモカに触れ、3匹は転移しようとしたが、シールドが張られてしまって転移できなかった。

「くそっ!さっきの魔法で勘付かれた」


 そのまま攻撃魔法が3匹に向かって飛んできた。

 ファイヤーボムだ。


 3匹は銘々飛びのき、爆発の威力で牢屋の鉄格子が壊れ石の床をえぐった。


「モカ、エンドに魔力供給して土を掘らせて下から逃げろ。ぼくは奴と戦う」

「ダメだ、このまま逃げろ」


 そこには魔法士のシールドを破った、魔王ウィルドシアムが立っていた。



「お兄さん?」

 でもモカは理由を聞けなかった。

 ドラゴは主の言う通り、モカとエンドに触れて転移したからだ。



 転移したのはアランカの森の側の恋人たちの誓いをする丘だ。

 だが息をつく暇もなく、そのまままた転移した。


 これは元々決めてあったことだ。何度も転移して追跡できないくらいかく乱するためだ。



 どれくらい転移したのかわからない。

「ドラゴ君、エンドは弱ってるの。さすがにもう無理よ」

「わかった。少しだけ休憩してまた転移する」


「エンド~、ご飯食べてなかったんだよね。

 ご飯もらったら使役を受け入れたことになるもんね。お腹すいたでしょ。

 エリーがね、お肉焼いてくれたの。エリーは使役なんかしないから、安心して食べていいよ」


 モカがお弁当のオークを取り出したが、エンドは疲れ切っているのか食べられなかった。

「ほら、安心だよ。あたしが毒見するから」

 そういってモカはお肉をかじった。


「あらヤダ、おいしい」

 そう言って二口目をかじるモカを見て、エンドは微笑んだ。


「我も……いただこうか」

「そうだよエンド。食べて元気出して、もっと安全なところに行くよ」


 エンドが少し肉を食べ、落ち着いたのを見定めてさらに3匹は転移した。



 後のことはなにも考えなかった。

 とにかく居場所を悟られないように転移し続けた。

 魔王があの程度の相手に負けるなどありえないからだ。


 明け方近くなって、とうとう待ちに待った時がやってきた。


「もう転移しなくていいぞ」

「ウィル様!」

「お兄さん!」


 魔王ウィルドシアムこと、『常闇の炎』クランマスターのビリーが先ほどの緊迫した時とは打って変わった穏やかな表情でドラゴ、モカ、エンドの前に現れた。



「さっきのヤツ、どうだった?」

「あれは小物だが、後ろに大物がいた。昔馴染みがな」

「誰?」

「アスラだ」

「……そうか、あいつは人間とは合わないから」

「ああ。あの小物が消滅したから、アスラも力が送れなくなってそれで終わった。

 今回はな」

「うん」



「お兄さん、紹介するね。あたしの友達のエンド。エンド、このヒトは」

「魔王様でおわします。お初にお目にかかりまする」

「それだけじゃないの。あたしの甥っ子なの」

「甥っ子? モカはまだ2歳のはず」

「もう! 前に話したでしょ。

 あたしの前世のおにいちゃんの、義理の息子がお兄さんなの。

 詳しい話はあとでするけど」



「エンドよ」

「はっ」

「悪いが今すぐ萌香の側にいてもらっては困る。

 お前が姿を消したことは人間側の記憶を書き換えたので誰も訴え出ない。

 だが魔族側は知っている。

 萌香を危険に晒すことになる。わかるな」

「はっ」


「だから俺が作った隠れ里にしばらくいてもらう、いいな。

 それから萌香」

「なに?」

「ややこしいから、正式な従魔契約しておけ。

 ちゃんと契約がしていれば、心話を人間に気取られることはなかったんだぞ。

 いつでも連絡も取れるしな」



 その場でモカとエンドの従魔契約が為され、エンドは隠れ里に身を寄せることになった。





 *




 ドラゴは昔馴染みに思いを馳せた。



 昔、ユーダイとウィルと一緒に彼ら鬼神族の里に行ったことがあった。

 今のように小動物に魂を憑依させれば、遠出が出来たからだ。



 アスラたち鬼神族は牙や角を有していても、穏やかで優しい人々の集まりだった。

 魔族の中では人間に友好な種族だった。

 でもそれが仇となった。


 あの幸せに満ちた鬼神族の里を150年ほど前に人間どもが蹂躙した。

 人間どもは里の近くにあった鉱山欲しさに鬼神族を殺したのだ。


 ユーダイとウィルはそれを止めようと奔走したが、間に合わなかった。

 彼らが遠方の依頼で出ているときを見計らって、虐殺されたからだ。

 数名の鬼神族を救い出せただけだった。その中にアスラもいた。



 ドラゴにとって人間は自分を拘束し、自由を奪う嫌な種族だ。

 弱いくせに排他的で心が狭い。口のうまさと数の力で侵略も行う。

 いなくなっても全然かまわないが、敬愛する魔王の言葉に従っているだけだった。

 でもエリーのように愛情深い存在に出会えて、人間すべてが悪いわけではないと思うようになった。



 今はカーバンクルに身をやつしているが、いつか本当の自分の体で自由に大空を駆け巡りたい。

 その時にエリーやモカやミランダを背中に乗せてあげたいとも思う。

 モリーは小さすぎるのでエリーのポケットに入ってもらおう。

 今大切なのは、ウィルとエリーたちなのだ。



 ドラゴは鬼神族が好きだった。

 だから敵になりたくなかった。

 でもウィルの敵は、ドラゴの敵だ。



 これから起こる戦いの予感に、ドラゴは心を決めたのだった。




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鬼神族の里を180年ほど前に人間どもが蹂躙した。→150年に変更しました。

内容の変更はございません。

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