第211話 何もしなかったけど
まず、私がするべきこと。
エンドさんの件はマスター案件だからもう触らない。
モリーをどうするかだ。
これはクライン様とソレイユ様に確認を取って考えよう。
でもあれやこれや、私が画策する必要はなかった。
朝少し早めにお湯のワゴンと共にクライン様の執務室に行くと、ノックをする前に頭の中に声が響いた。
(エリー、はいってぇー)
「おはようございますクライン様、ソレイユ様、ダイナー様」
「おはよう、エリー君」
(おはよう! エリー、まってたのー)
ソレイユ様はホーリーナイトで見た時と同じ30センチくらいの神々しいお姿で私のそばまで飛んできた。
(エリー、ごめーん。リカにおこられちゃったー)
どうしよう。なんと答えたらいいのだろう。
補足するようにクライン様が口を開いた。
「ソルから話は聞いた。だまし討ちのようにあのスライムをテイムさせたようだね」
「はい」
「それでエリー君はどうしたいのかな?」
「私は……モリーがどうこうというわけではありませんが、ミューレン侯爵令嬢が恐ろしいのです。
あの方は手段を選ばない方です。
私にしたことも何とも思っていないし、覚えてもいないでしょう」
「つまりミューレン侯爵令嬢の件が片付けばモリーを受け入れてもいいわけだね」
「それは問題ありません。私はモリーを可愛いと思います」
「そうか。彼女のわがままは今に始まったことじゃないが、今回は非正規な卵のせいで彼女だけに非がある訳で無くなっている」
「はい」
「代わりにグリフォンを与えようという話があるそうだが、彼女の能力ではグリフォンを従えることなどできない」
「そうですか」
クライン様、言い切りましたね。でも私もそう思います。
「だいたいもう授業に卵は使わないのだから、返金と見舞金程度で済むはずだ。
外野がしゃしゃり出て、話をややこしくしていると思う。
それに非正規な卵が混入した件も理由が判明した」
「そうなんですか?」
「わが校には時空魔法の使い手である……ニコルズ氏がいる。
彼女は過去視が出来るので、卵の殻から過去に遡ってもらった」
そうだ! ニコルズさんには、私に対する苛めをよく過去視していただいて助けてもらったんだった。
クライン様が彼女の名前を言いよどんだのは、お父上との一件か、ニコルズさんがランドック副学長夫人だと言うことを私が知っていることをご存知ないからだろう。
「すると学院の平民の女生徒が、アランカの森で内密に拾ってきたというのだ。
その生徒を尋問すると彼女はあまり裕福でないためお金を節約したかったようだ。
アランカの森が冒険者ギルドの管理下にあること、拾った卵が登録しないといけないことを知らなかったらしい。
危ないとも知らず、武装もせずに行ったと言っていた」
「それは、無事でなによりですね」
「エリー君、話が変わってしまうよ」
「申し訳ございません。本当は危険なのですから。
でもそんな卵がどうしてミューレン様の元に?」
「大変不愉快なことだがミューレン嬢は正規の卵を持っていたにも関わらず、その女生徒から卵を奪い取ったのだ。
だから授業が始まる前にその卵を孵してみたんだ。卵が孵ったらどうなるか知りたくてね。
だが中にいたのは特殊個体のスライムで、彼女もその周りの者もテイム出来ずに逃がしてしまった。
その後、強い魔力を持つ魔獣が生まれたことを感知されてしまい、逃がしたことを隠せなくなってしまった。
そのため買った卵に問題があったと主張したのだ。
さすがにミューレン嬢もその卵が許可なく拾ってきたものだとは知らなかったようだ」
ひどい! ひどすぎる‼
そんな、あれほどのお金持ちなのに人の卵を奪うなんて!
どうしてそんなことが出来るのか意味が分からない。
「ミューレン嬢はその平民の生徒に金額を提示すれば後でお金を支払うと奪い去ったそうだ。でも平民の生徒は拾った卵に金額が付けられず、請求できなかったそうだ。また森に卵を拾いに行けばいいと思ったようだ」
無知と言うのは恐ろしいものだ。
1度目は何事もなく拾えたのだろうが、2度目もそうだったかはわからないのに。
アランカの森が冒険者ギルドの管理にあることを知らないということは、ダンジョンに行かなくていいということ。魔法士学部や騎士学部ではないということだ。
つまり戦うすべをあまり持っていなかった可能性が高い。
何もできずに最弱のラビットにすらやられてしまうかもしれなかったのだ。
初めてラビットに蹴られた時の激痛と息苦しさを私はまだ忘れていない。
「とにかく卵の件は魔獣商たちに落ち度はなかった。
平民の女生徒も無料で譲渡するとは言っていないので、まだ対価も支払っていない卵に対して勝手に孵化させてテイムに失敗した。それだけなのだ。
もちろん卵を拾った生徒には厳重注意してあるし、学院側にも冒険者資格がなければ森に近づいてはいけないことを学生たちに再度通達するように指導した」
ちなみに学院が最初に通達したと言うのは学院規約に書いてあることだそうだ。
私はエヴァンズのを読んだけど、ほとんどの生徒はああいうもの読んだりしない。
「つまり売買契約を済ませていないミューレン侯爵令嬢にモリーの所有権はない。
しいて言うなら冒険者ギルドにあるが、エリー君はモリーのテイムをしているのだから登録さえすれば所有権を争うようなことはないだろう。
ミューレン嬢を罰する方法がないのが口惜しいな。彼女はお金を支払うと言ったし、女生徒も取られたことを抗議しようとしなかったからね。
さて、問題は解決した。それでエリー君はどうしたい?」
私はクライン様の執務室を見渡した。
モリーは食器棚の陰から怯えるようにそっとこちらを伺っていた。
きっと私に捨てられるのが怖いのだ。
(ごめんねー。エリーはせいれんだからきっとモリーをたすけてくれるとおもったの。ソルがあやまるからモリーをゆるしてー)
「もちろん、モリーを責める気はありません」
私がモリーを見つめると、モリーはビクッと震えた。
「モリー、こっちに来て」
私はモリーを呼んだ。命令はあんまりしたくなかったけど、今は仕方がない。
モリーはフルフルと震えながら私の近くまでやってきたので、私はモリーの体を手のひらに乗せて核に目が合うように顔を近づけた。
「モリー、ウチの子になりますか? 私のところには3匹の従魔と卵が1ついます。
少し多いですけどみんなで仲良く暮らしています。
私たちと家族になってくれますか?」
モリーは、なります! と言うようにさっきよりも力強く震えてくれた。
「ありがとう。モリー。あなたはもうウチの子だよ。今日から一緒に帰ろうね」
私がそう言って頬ずりすると、モリーは嬉しいのか恥ずかしいのか少しピンク色に染まったようだった。
「ではそろそろ授業に行こう。エリー君はワゴンを返してくるんだね」
「かしこまりました。あのクライン様。ミルクがもったいないのでいただいてもかまいませんか?」
「もちろんかまわない。ではサミー行こう」
「はい、リカルド様。トールセン、良かったな」
「ありがとうございます。クライン様、ダイナー様」
私がワゴンを食堂に返しに行こうとすると、ソレイユ様が私についてきた。
(エリー、ソルのこともゆるしてほしーの)
「そうですね、今回はモリーのためにしたことだから特別に許します」
(ありがとう。エリー、すき。これからはソルのこと、ソルちゃんってよんでー)
「そんな恐れ多いです」
(そんなことないよー。ソルとともだち、なってくれる?)
「もちろん、いいですよ。
でも呼ぶのは他のヒトがいないときだけですからね。ソルちゃん」
(ありがとー、エリー)
「それともう私のこと騙さないでくださいね」
(わかったー、やくそくするー)
ヴェルシア様、私に新しい家族と聖獣の友達が出来ました。
何もしていないのに解決しちゃったので、ちょっと拍子抜けでしたがなにかことが起こるよりずっといいです。
いつも温かく導いてくださってありがとうございます。
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卵の所有権について語るリカルドののセリフを
「しいて言うなら平民の女生徒にあるがもう授業で卵は必要ないのだから所有権を争うようなことはないだろう」
としていましたが、卵の権利を女生徒にしたら後日お金を払えばローザリアのものになってしまうような気がしたので、変更しました。
平民の女生徒→冒険者ギルドにしました。
そのためその後のセリフも
「エリー君はモリーのテイムをしているのだから登録さえすれば所有権を争うようなことはないだろう」
に変更しております。
気づくのが遅くて申し訳ありませんでした。
どうぞよろしくお願いいたします。
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