第198話 セードンでの冬休み


 セードンでは穏やかな日々だったが、楽しみにしていたスケートは早朝しかできなかった。

 モカがスケートを滑るには目立ちすぎるからだ。

 彼女に着せるフード付きコートを作ってあったのだが、あまりにもクルクル回るためみんなに注目されてしまい、急いで逃げないと行けなかったのだ。



「大体僕より小さいのにあんなにスケートが滑れるなんて、みんな見るに決まってる」

「だってぇ、昔の血が騒いじゃって」

 ドラゴ君に叱られつつも、モカが昔の血と言うのは前世のことだ。



 彼女はフィギュアスケートと言うのをやっていて、ちょっとした跳躍や回転が出来るというのだ。

 ダブルアクセルと言うすごい技を見せてもらった。

「なんかやっぱり熊だと体が軽いわ。この分だとトリプルアクセル全然できそう」と練習を始めて本当に飛んでいた。



「あたし、ダブルアクセルがなかなかできなくてね。

 でもお兄ちゃんったらちょっとやってみよって、普通に遊びに行ったリンクで1発でダブルアクセル決めちゃったの。

 もうスカウトの人の電話やらなんやらがいっぱいで、あたしの今までの苦労は?って思ったものだったわ」


 ユーダイ様は向こうの世界でも超人的なお方だったらしい。



「体が柔らかかったからビールマンとか出来たのに、今は足が短すぎてちょっと無理」とモカは顔をしかめた。

 ビールマンと言うのは回転スピンの名前で片足を高く上げて、エッジを掴んでその場で回転することらしい。


 絵にかいてもらったが、正直こんなすごい体勢でクルクル回る意味が分からない。

「あのね、こういう難しい技が決まると点数も高くなるし、とにかく演技が華やぐのよ。華やかな演技を見ればみんな喜ぶもん」

 うーん、きれいな踊りを見た時のようなものなんだろうか?



「そこまで難しいのでなくても滑ってるだけでも私は楽しいけど」

「まあそうね。でも演技が出来るようになるのも楽しいのよ」

 だから私たちは朝日が昇り始める前に湖に行き、思う存分スケートを滑って、辺りが明るくなるころにセードンの家に戻るのだ。



 それとスメルト釣りだ。



 これはセードンのギルマス、セイラムさんとラリサさんご夫妻に連れてきてもらった。

 父さんと母さんは店で忙しいので来れなかった。

 メロンパンやあんパンのヒットもあるけれど、父さんのパンは普段の食卓でも人気なのだ。

「俺たちは引っ越してきたばかりで今が顧客を掴む時期だからな。一緒にいけなくてごめん」

「大丈夫よ、父さん。このセードンでセイラムさんたちといたら怖いものないもの」



 湖の氷に魔法で穴をあけてそこにエサ付きの釣り針を下ろすと、スメルトという小さな魚がかかる。

 ちょっとしたコツでエラから内臓を取って塩もみして洗う。冬は内臓がきれいなのでそのままでもいいってことなんだけど、ラリサさんが「でも釣るときに虫使ってるよね?」と却下した。


 これに小麦粉の衣をつけて揚げると絶品なのだ。

 私がいたニールは泥臭い淡水魚しか取れなかったので、あんまり魚が好きじゃなかったけどとっても美味しい。自分で釣った魚をすぐに食べるというのもいい。



 揚げると言う調理は大量の油に必要だけど、何度も使って汚れたら教会に収める。

 それに聖属性魔法を使えば、食用にはならなくてもきれいな油になり、清潔な石鹸が出来るそうだ。

 石鹸用の油ってどこから来るんだろうと思っていたが、こういう風に再利用されていたのだな。



 揚げ油に使うのは、油の木からとれる植物油と、魔獣や獣から取れる動物脂だ。

 オークラードは割と癖もなく人気だが討伐の必要があるので少々お高め。

 前にも言ったが、バターのような牛系魔獣の乳製品はとても高い。オークよりも数が少ないし強いからだ。

 だから平民のほとんどが植物油のお世話になる。

 私も特別な時か、ジャッコさんが時々くれる時しかバターは使わない。



 ちなみに今回のスメルト釣りはモカとミランダは出来なかった。

 2匹ともやりがったのだが、モカがそこまで賢いとバレるといけないし、ミランダも釣竿を扱うと目立ちそうなので2匹には今度隠れてやろうと約束している。



 セイラムさんとラリサさんの間には男の子ふたりと女の赤ちゃんがいる。赤ちゃんはさすがに冷えるからお家で子守とお留守番。

 やんちゃ盛りの男の子たちはついてきて、なぜかドラゴ君をライバル視している。

 ドラゴ君よりちょっと大きいのに。4,5歳ぐらいかな。ドラゴ君が偉そうだからだろうか?



 それで2人と1匹で私の膝の上争奪戦を繰り広げる。

 なぜかみんなが決めたゴール地点が私の膝の上なのだ。

 もちろんドラゴ君が勝つ。

 しかもちゃんと初めは実力が同じくらいに見せかけてギリギリで抜き去るのだ。

 いやドラゴ君、きみはケルベロス倒せるからね?



 男の子たちが悔しがって3回ほどやっていたが、最終戦の時にはドラゴ君も私の膝の上には座れなかった。

 モカとミランダが私の膝の上でコロコロしてたからだ。

 それで男の子たちはモカとミランダを抱っこして、雪で何かを作りに行ってしまった。



「やっとぼくもスメルト釣れるよ」

「仲良くなって良かったね」

「明日、雪合戦しようって言われてる」

「それ私もやりたいな。仲間に入れるかな?」

「エリーはあの子たちより大きいから。雪だるまは作ってもいいんじゃない?」

 むぅ、私だって遊びたいのに。でも相手は小さい子だもんね。



 揚げスメルトを皆で堪能し終えると、ラリサさんが私の食べっぷりに目を細めた。

「ふぅ、美味しかったぁ~。エリーちゃんも気に入ったみたいね」

「ラリサさんありがとうございます。うちの従魔たちもみんな喜んで食べています」



 後片付けをして、いつも通りモカはドラゴ君のカバンに入る。でもミランダはこの新しい外套の時は私の胸ポケットに入る方がいいみたい。

 ミラ、甘えっ子~と言ってるかのようなモカの視線をものともせず、ミランダは私に甘えてきた。


「エリーの従魔はよくなついているな。でも甘やかしすぎかもしれない」

 セイラムさんに指摘されて、困ってしまった。

 厳しくしつけるってどうしたらいいんだろう。



「甘やかしすぎるといざというときに戦ってくれないんだ。主を甘く見るからな」

「それなら問題ない。ぼくがちゃんと教えてある」

 ドラゴ君がすかさず反論する。


「ミラには特に言ってある。エリーがいなくなったらどんなに悲しくて辛いか。

人間は怪我や病気に弱いし、心が弱ると生きたまま屍のようにもなる。

だからエリーを守るのは最重要課題で、他は二の次なんだ」

「でも私のためにみんなが死んでしまっても嫌なんだけど」

「大丈夫。ぼくらは強いよ」


「お前ホントに魔獣なのか?こんなに喋れて頭の切れる魔獣なんか見たことねーわ」

「そうだよ。ねっ、エリー」

「それは間違いありません。もう少し人目がなかったら獣化してもらってもいいんですけど」

「まぁ従魔の印もついてるしな。マリアの娘がそんなことを嘘つくとは思わないがお前はすごいぞ」



 セイラムさんはドラゴ君の頭をワシワシと無造作に撫でた。

 髪の毛が乱れるから嫌そうだったけど、ドラゴ君は我慢したみたいだ。

 セイラムさんが悪いヒトだからじゃなく、乱暴にされたのが嫌だったみたい。



 とにかく私たちはセードンの冬休みを満喫しております。


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 スケートの話は雄大と萌香が小学生の時のこと。

 雄大のステップやスパイラル(本来は萌香のための振り付け)があまりに見事で、周りが有名ジュニア選手だと勘違いして、場所を開けてくれたのです。

 そうさせるほどのカリスマが雄大にはありました。


 だからちびまる子ちゃんの藤木君みたいに出来そうだからって飛ばないでくださいね。彼のように捻挫だけでなく、周りにも危険ですから。




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